エピローグ

エピローグ 日は出ている。一つとは思えぬほどに。 しかしこの大地はやけに冷える。カランコエは世界を覆う純白の世界に引かれた一本道を、抱きかかえた赤子が冷えぬよう、優しく包みながらひたすら歩いていた。 ガベリアの案内で彼は雪上にポツンと佇む一軒…

最終章

Ⅰ 12月27日② 早朝、普段は世話しない東京湾岸の市場は究極的に静まり返っている。 生気のない港、人類の記憶と植物の意地を掛ける戦士達が集結する。 「お前も行くのか?」 「浅海遥!お供します!」 「止めはしない。勝手にしろ」 「勝手にします!私に…

第36章 -氷点編-

第36章 Ⅰ 12月26日 寒い。凍えるように寒い朝だ。牡丹は鈍色の世界で目を覚ました。 日差しはない。まだ太陽は遥か雲の上に隠れているようだ。 ゆっくりと立ち上がり、カーテンを開ける。 「え…」 牡丹は眼前の光景に言葉を失った。 昨日まで踏みしめ…

第35章

第35章 Ⅰ 12月25日② 「…もう!なんなのよ!」 「あらあら牡丹ちゃん大荒れでごじゃるな」 牡丹はドンぶりに残ったスープを一気に飲み干し、カウンダーに叩きつけた。 時刻は午前七時。日付は十二月二十五日。場所はいつもの『陽気なアコちゃん』。陽気…

第34章

第34章 Ⅰ 12月15日 月夜が照らす都内某公園。時計はすでに十二時を回り。 ドラセナは冷え込む外気にも何のその、山のソレに比べれば街の冬はどうというものではない。 山村を脅かす者はもういない。しかし彼の戦いはまだ終わっていない。あの雷。あれ…

第33章

第33章 Ⅰ 12月4日 「ただいまー」 「おかえりボタちゃん!」 「今日も疲れたー」 「お疲れ様!焼き芋たくさん持ってきたよ!」 「もう焼き芋食べ飽きた」 「えー美味しいのにー」 牡丹がひまわりの言葉を適当に流して着替えを済まし、ひまわりが潜る炬…

第32章

第32章 Ⅰ 「何故アルストロメリアは開花していないのに場を仕切ってる」 いつかの戦場。リンドウはラナンキュラスに問うた。 「何で、と言われれば総帥が彼を指名したからとしか言えないが、何で総帥が彼を指名したかと言えば…それはわからんな」 リンドウ…

第31章

第31章 Ⅰ 11月29日 某所、雪が降り積もる。一人の人間と一体の植物がぎこちなく会話をしている。 「…また人殺しでもしてきたのか」 「いや、戦いを見てました。ファレノプシスが負けました」 「問題はない。手元にはあれのDNAがある。再生はいつでも可…

第30章 -決死行編-

第30章 Ⅰ 11月15日 見慣れぬ天井。目を覚ます。 「ラナンキュラス。何故お前はこちらに来た」 「…ただの人探しですよ」 「違うだろう。お前はそんなものの為に命を懸けるようなやつではない」 「…何を仰りたいのでしょうか」 「お前は『よからぬ事』を…

第29章 -決死行編-

第29章 Ⅰ 10月4日 梅屋芍薬・リンドウアヤメら数名の人間らと植物界の一国家であるアルプローラ聖国との間に協定が締結された。 協定締結に激しい反意を示していたリンドウも、その見返りとして提示しれた条件の前に、それを飲まざるを得なかった。 そ…

第28章

第28章 Ⅰ 10月3日 都内の寂れた立ち食い蕎麦屋。全体的に茶ずみ、引き戸はもはや閉まらない。しかしこの店の客足が途絶えたことは三十八年一度もない。 角に備え付けられたこれまた汚いブラウン管。伸びた蕎麦に箸を通したまま映し出された記者会見に齧…

第27章 -決死行編-

第27章 Ⅰ 9月30日 植物が人間により鞘師山から退けられた。しかし人間の軍備は依然ダム周辺に設置され続けている。 落ち着かない日々。ドラセナはもうここにはいない。ドラセナはもう我々の知っているドラセナではなくなってしまったのか。 戦いの一部…

第26章

第26章 Ⅰ 9月3日② 大聖木クリプトメリアの力を宿した六人の人間により花陽隊精鋭部隊は殲滅された。 戦場の植物達は一斉に後退をはじめ、人類は首都防衛を成し遂げたと歓喜した。 「何してたんだ」 「ちと取材を…薬師は現れましたか?」 「半分な」 「半…

第25章 -再生編-

第25章 Ⅰ 9月2日 ② ヒーローは蘇った。長い沈黙を越えて。 彼らが戦う理由はもう植物界ではない。彼ら自身の護るべきものの為である。 「大聖木様。戻りました」 「大儀じゃったな。ロージエ」 「大聖木様ご体調は」 「見ての通りじゃ」 クリプトメリア…

第24章 -再生編- 

第24章 Ⅰ 8月27日 ② 梅屋が都内某病院に駆け付けた時にはもう。 その入り口は下衆なマスコミによって取り囲まれていた。梅屋はそれを割って院内に入構し受付に牡丹の搬送先を訪ねた。 当然受付の若い女性はすぐにそれを教えなかった。が、梅屋が自身の…

第23章 -再生編-

第23章 Ⅰ 8月18日② 「Fuck!!」 放たれる下品極まりない言動。嗜好するは酒。タバコ。ギャンブル。女。加えて足クサ。謎の関西弁。そして上記の要素を全て中和してしまうほどの美しい顔。リリーエーデッルワイスとは実にユニークな存在である。 ジープに貼…

第22章 -再生編-

第22章 Ⅰ 8月19日 「アネモネが討たれました」 「我々が要塞から羽を伸ばしていることが人間共に知られたか」 アネモネの失策。それは彼らにとってかなり大きな痛手となった。要塞内で次の一手を議する一方、要塞の裏手にて異なる欲望の手がうたれる。 …

第21章 -再生編-

第21章 Ⅰ 7月2日 まだ梅雨の雨が世界をどんよりと煌めかせていた頃。都内の某大学病院に一人の青年が緊急搬送された。 雷に撃たれたように身体をドス黒く爛れさせた瀕死状態の青年は、医師たちの懸命な応急救命により紙一重で一命を取り止めた。 搬送さ…

第20章 -再生編-

第20章 1⃣ 8月16日 ① アルプローラから怒りのままに雪崩れ込んだ暴徒植物達は都内各地で人間を襲った。暴徒と戦士の区別がつかない人間達は、非人道的な虐殺行為を行う植物に対し遺憾した。 人間界に突入した暴徒連中の数は目測でおよそ五十体。一方志…

第19章 -再生編-

第19章 ① 8月15日 世界で一番熱く光る夏。蝉の鳴き声。日本の夏は、流れ出る汗さえも趣を持つ。 「この『ヒーロー』っていうのはろくなもんじゃねーな!」 阿久津農園の歯抜け、室田は如何わしい写真週刊誌に乗ったイラスト記事を読んで言った。 「こいつ…

第18章

第18章 ① 8月8日 蛇黒が脱獄してから三週間ほど経過した。案の定、刑期を終えた元受刑者、少年法により罪を逃れた元少年らが次々と残忍な姿で発見された。それに怯えたのか、もう一度刑務所に入れてくれと懇願する元受刑者さえも現れた。 見つかった死体が…

第17章

第17章 ① 7月30日 虚無である。紛うことなき。 「遠足いーなーぼたちゃん遠足いーなー」 何も知らないバカひまわりの見送りに腹を立てながら、牡丹は地獄行のバスが待つ地上へとエレベーターで下った。 七月三十日から二日間。芽実高校では二年次恒例の遠…

第16章

第16章 ① 7月7日 「夏焼さん、蛇黒が脱獄しました」 「こんなクソったれな時にあのクソったれは」 長く続いた梅雨は湿気と一つの戦争を残しどこかへ消えていった。 人類と植物の戦いは熾烈を極めている。爆撃をものともしない植物要塞。戦車をも斬り裂く刀…

第15章

第15章 ① 6月30日 六月三十日。日本国はアルプローラ聖国との戦争状態に堕ちた。国民らはそれを生中継にて周知した。 日本政府は直ちに自衛隊及び米軍に対し都内公園に築かれた植物要塞への爆撃命令を下した。夏焼ら警察も市民の避難活動に配置された。 …

第14章

第14章 Ⅰ 6月29日① 六月二十九日。未曽有の爆破テロ。謎の物体と呼ばれる廃棄物集合物体の進撃。そして植物界の侵出。この日、東京は文字通り崩壊した。 こちらに刃を振る生命体に梅屋らは懸けたはずの命を乞う。すると意外にも生命体達はすぐに彼らに剣…

第13章 -植物界編-

第13章 1 ロージエ 人間界への道が開かれた。アルプローラ市民たちはやっとこの疫病の苦しみから解放されると歓喜した。 クーデター翌日、家屋の修復作業音が響き入る聖会議城。三者会談。今後の動向について。 「人間界の大気汚染は深刻であり、今すぐ進軍…

第12章 -植物界編-

第12章 1 近木グラジオラス グラジオラスは見積もりを遥かに上回るクーデター軍に息を飲んだ。それらが起こす砂塵は聖会議城上階部まで立ち昇り、首脳陣のほとんどはすでに敗北を確信した。 「さてと。ちょっくら死んできますか」 ラナンキュラスが冗談なの…

第11章 -植物界編-

『植物界』。それは大都市東京の裏、あるいは異世界、はたまた目に見えない極小の世界か。明確な定義などないが確かにそこに存在する、現代人の知らない『こちら』とは異なる世界。 第11章 1 アルプローラ聖国 植物界。人間界とは異なる世界ではあるが、我…

第10章

第10章 ① 6月29日 天衣無縫の雨雲。絶え間なく降り注ぐ雨。決して強くはない。だからこそ。永遠に止まないのではないかと思えるはいつまでも経ってもこの空の上に滞在している。 濡れたアスファルトの匂いが職員室まで上がってきた。クチナシの葉が滴る雨…

第9章

第9章 ① 6月14日 「It likes a Vietnam…」 リリーはいつぞやの東南アジア旅行を思い出した。 ここ二三日で東京の梅雨は本腰を入れはじめ、その雨粒は紫陽花を叩く。 謎の物体が最後に姿を現してからすでに一か月。東京の人間たちはすでにそれらの話題を…