第26章
第26章
Ⅰ 9月3日②
大聖木クリプトメリアの力を宿した六人の人間により花陽隊精鋭部隊は殲滅された。
戦場の植物達は一斉に後退をはじめ、人類は首都防衛を成し遂げたと歓喜した。
「何してたんだ」
「ちと取材を…薬師は現れましたか?」
「半分な」
「半分?」
「研究所は俺たちの目の前で突然発火した。消防が来た時にはもう中の人間は全員丸焦げで誰が誰だかわからなかった」
「丸焦げ…」
「ああ。原因はまだ判明してない。してないが…薬師がやったとすれば、と考える方が今の俺たちにとってはむしろ筋が通ってる」
「ヒーローは?」
「現れたみたいだな。ダムに」
「ああ!よかったあ。やっぱりヒーローは来たんですね!」
「Hypoと融合した薬師は目的を果たした。次にやつは何をする?人類のために戦うか?」
「必ず捕まえましょう。薬師を」
「…最初に死ぬのはお前だな」
「なんてこと言うんですか!でも現場で死ねれば本望です!」
夏焼と浅海。そして二瓶を乗せた車は当てもなく首都高をぐるぐると周る。
Ⅱ 9月4日
アルプローラ聖国。大聖木崩御の知らせは誰かがそれを声にせずとも市民らの心に届いた。
国家中が深い悲しみと人間に対する激しい憎悪で溢れている。
この最悪の戦況下で全戦士を戦場から引かせるというのは半ば敗北を認めたようなものであるが、カーネーションは花陽隊全戦士をアルプローラに戻し、偉大なる大聖木クリプトメリアの大国葬に出席させた。
「思えば我が歴史に幾多の勝利あれど、それらのほとんどは防衛戦争だった。侵略戦争は数えるほど。我々の騎士道気質は侵略という非人道的な戦争に向いてないのかもしれないな。さてアルストロ、戦況をどう見る」
「最悪ですね」
「ユーストマは」
「私も同意見です」
「妖精の力を宿した人間共はついに大聖木様の御力まで手に入れた。私たちの意思を大聖木様がお裏切りになられたのか。あるいはそもそも私達が誤っていたのか。どちらにせよ。大聖木様は私達に滅して欲しいと願っていたようだな」
「…」
「あの人間達はもはや大聖木様の化身だ。それに剣を向けるのか?それともこのまま引き下がり皆揃って死ぬか?」
「総帥…」
「兵士を集めろ。一人残らずだ。カランコエの二団も招集しろ」
「…最悪だ」
アルプローラ花陽隊本部。総勢数十万を超える花陽隊戦士が集結しカーネーションの言葉に全神経を捧げた。
「最悪。状況は極めて最悪だ。人間界に出陣した戦士達は大気が汚染された厳しい状況下の人間界でも活動でき得る花陽隊でも優れた力を有する選ばれし者達だった。しかし彼らは悉く人間達の前に敗れ去り我々が制すべき重要拠点の占拠も失策に終わった。それも。それもだ。大聖木クリプトメリア様は召される際あろうことか人間に力を与えた。我々が恨む人間にだ。…解せぬ。断じて解せぬ。我々はこの身この魂を大聖木様に捧げてきた。にも拘らず御大が選び錫たのは人間達だった。我々が人間界に戻った先に待っているのは大聖木様の化身だ…それに剣を向けれるのか貴様らは!」
「…」
「我々は誤っていたようだ。大聖木様の為にと短い生命を燃やし尽くしてきた。それは今日この時で終わりだ!我々が護るべきは大聖木への忠誠ではなくアルプローラ市民の生活だ!アルプローラの誇りだ!私は宣言する!花陽隊は今この時より大聖木信仰と決別をする!」
花陽隊が揺れる。
「もし貴様らの中に私を刺したい者がいれば刺しに来るがいい!もしそれでアルプローラ市民の生活が戻ってくるならば!思う存分刺せ!」
カーネーションによる大聖木決別宣言に花陽隊戦士達は動揺した。アルプローラ市民にとって大聖木を侮辱する行為は禁忌中の禁忌であり厳罰の対象である。
カーネーションはあえてそれを声を大にして言った。下がった戦士達の士気を再び奮い立たせるために。
「行くぞ戦士達よ!市民の為に!市民だけの為に!人間を殲滅せよ!」
「「「「オオオオ!!!!」」」」」
全ての戦士がカーネーションに従ったわけではなかった。その場に剣を置いた者もいた。それほど大聖木という存在は彼らにとって大きな存在であった。
一つ言えること。それは人類と植物の戦争はまだ終わっていない。
Ⅲ 9月25日
植物界が前線を退いてからすぐ、彼らは再び東京に舞い戻った。人類もそれを迎え撃った。
リリーはもちろんとして、リンドウも軍隊と共に植物界との戦いに参戦した。牡丹もそれに参加したりしなかったりした。梅屋、ひまわり、ドラセナの三人は大聖木の力を得てから一度もこの前線に姿を現さなかった。
リンドウは三者に痺れを切らし、面々を閉店後のLindberghに呼びつけた。
何の後ろめたさもなくノコノコとやってきた梅屋とひまわりにリンドウはお茶菓子でも出しつつ物申す。
「何でお前たちは戦わない?」
どちらに向けて、ということはなかったがリンドウの目線は確かに梅屋を見ていた。それを察して梅屋がリンドウの問いに答えた。
「僕はもう植物と戦うという事はしません」
「何を言ってるんだお前は」
「僕たちは戦うべきではないんです」
「俺たちが戦わなけりゃ人類は滅びるんだぞ?」
「でも暴力で殴り合うのは絶対に間違っています!」
「綺麗ごとばかり言ってんじゃねーぞ。岩手から出てきた田舎もんのお前にはわからないだろうがな、ここが首都とかどうとか関係ない。ここはオレの生まれ育った街だ。もし植物が岩手に現れても同じことを言えんのか?」
「でもここは元々植物の土地だった!それに譲るんじゃない!僕たちは共存できると言ってるんです!その為に大聖木さんは僕たちに力を宿したんです!この力は戦うための強さじゃない!理想を叶えるための力なんです!」
「じゃあどうするんだ?戦意剥き出しで向かってくるやつらを言葉で説得するのか?戦場にも来ないお前が夢ばっかり語ってるんじゃねーぞ」
「まあまあ二人ともおちついて」
「一緒に考えましょう!それをみんなで考える為にここに来たんです!」
「…もういい、話にならない。帰れ」
「話し合いましょう!この店にもたくさんの花がいる!リンドウさんも本当はそれを願っているはずです!」
「勝手に決めつけんな!人の意見を勝手に決めつけておいて何が共存だ!お前がお前の理想を押し付けてるだけじゃねーか!俺一人言いくるめられないで人間でもないあいつらと共存だ?笑わせるな!甘いんだよ!お前は全てにおいて!」
「それはごめんなさい!でも今のでまたお互いの事をわかり合えました!その繰り返しです!」
「俺も植物もお前とおしゃべりしてる暇はないんだ。オレはオレの地元を犯す奴らを倒す。そうだろう?リリー」
「ワシモ人類ノ為ニ戦ウ。ソレガワシノ職務ヤデ」
「…お前はどうなんだ。ひまわり」
「あたしはー…もう戦いたくないかなあ。あはは…」
「…そうか。じゃあ梅屋を連れて出て行ってくれ」
「どうしてこうなっちゃたんですかねえ…。リンドウさん」
「…すまんな。帰ってくれるか」
「今日は帰ります。でも諦めませんからね!」
梅屋はひまわりを連れて店を後にした。
扉が閉まり鈴の音が止む。リンドウは牡丹に問う。
「お前はどうする。牡丹」
「私は…わかりません…ごめんなさい」
「牡丹チャン。心配センデエエ。牡丹チャンハマダ若イカラ。戦ウ必要ハナイデ」
「でも…人間が滅びるのはヤです…。でも植物の言い分もわかります…。だから…どうすればいいのかわかりません」
「牡丹。自分で考えろ。どう生きるか。どう死ぬかじゃない。そしてこれはお前だけの問題じゃない。世界の問題だ」
「そんなこと言われたってわかんないですよ」
そう言って牡丹もキャップを深く被りとぼとぼと店を後にした。リリーも花瓶の花を一本頂戴しそれに続いた。
リンドウが椅子に座り血の上った頭を冷やす。週の末でスカスカになった店内の花桶が眼に入った。
大聖木は彼らに力と歴史を授けた。それにより彼らの中の正義は著しくそれぞれの方向に成長し、彼らを仲違いさせた。これがクリプトメリアの望んだ未来だったか。それはクリプトメリアのみぞ知る。
天に召された大聖木クリプトメリアは世界に偉大なるその名といくつかの蟠りを残したようだ。
Ⅳ 9月26日
昼下がりの河川敷。川音を聞くには一枚薄手の羽織物があればなお良いだろう。
蒸し暑い朝から何も考えずに半袖で出勤した梅屋は、秋風に少し鳥肌を立てながら沈むのを少し躊躇している太陽に照らされていた。
自分の信念は間違っていない、自分に言い聞かせ浮かび上がるリンドウの顔を消しては思い出し、消しては思い出したりした。
「また会った」
梅屋の後ろから何者かが声を掛ける。大きな布で顔を隠したそれは彼の隣に座った。
「あなたは…たしかラナンキュラスさん」
「妖精に名前を聞いたんですか?まあいいや。何か酷く悩んでいるように見受けられますが」
「ラナンキュラスさん…。僕は『人花共存』こそが、この戦いの終わり方だと思ってます。しかしそれはただの理想でしかない」
「『人花共存』…。なぜそのような考え方に至ったので?」
「大聖木様にお会いしました」
「まさか」
「本当です」
「…それで?」
「大聖木様はあえて答えをお出しになられませんでした。我々に力を託し、天に召されました。大聖木様から人間と植物の歴史を伺い、僕はそのような答えを導き出したんですが、植物はともかく人間にもその考えに賛同する人はあまりいなくて…。ラナンキュラスさんは何しに人間界へ来られたんですか?戦士ではないんですよね?」
「…教え子を探しに」
「教え子?」
「ちょっと前、花陽隊でない暴徒と化した植物がこっちで暴れまわったでしょう?あの中に私の教え子がいたんです。そいつを探しに」
「見つかったんですか?」
「いいや。死体すら見つかっていません」
「そうでしたか」
「…教育とはつくづく難しいもので。子供たちに与える教示が自分自身のエゴになってしまってはいけない。しかし、彼らを道から逸らしてもいけない」
「仰る通りです」
「何が正しいか。そこに胸を張って彼らを導かなければならない。私たちの仕事には責任しかない」
「はい」
「今のあなたは生徒たちを胸を張って案内してやれてますか?自信を持つこと、自分の決めた信念に。あなたがふらふらしていたら生徒たちは道しるべを簡単に見失ってしまいますよ。私が言えたもんじゃないですけどね」
ラナンキュラスの言葉はやけに胸に響いた。彼の言葉を引用するならば梅屋はラナンキュラスによって導かれた…のかもしれない。
梅屋は途端に立ち上がりラナンキュラスにお辞儀をして走りだした。どこに行くでもない。嬉しかったのだろう。『河川敷を、あてもなく』。これが典型的日本人が行う理想に向かう時のポージングなのだから仕方がない。
リンドウが、リリーが、ドラセナがどう思おうがいいではないか。自分は自分自身が導き出した『人花共存』実現に向かって邁進するだけなのだ。この川のように、どちらに走っていったとしてもいつか終わりは来るのだ。
「理想を押し付けるな!」
リンドウの言葉を思い出した。梅屋は立ち止まった。忙しい男である。
しかし、立ち止まっていてはこの川は永遠に目の前を流れていくだけだ。その間にいくつの木片が目の前を通過した?手足のない木片は自分より先にいる。だったら走ればいい。自分くらい自分を信じてやらなくてどうするのだ。
梅屋はまた走り出した。川の端を目指し日が沈むまで駆け抜けて迎えた夜。今にも落ちてきそうな神秘的な満月の下で。
満月の夜。ひまわりも珍しくそわそわしていた。家の近所をフラフラと歩き、近くの小さい公園のブランコに臀部を少しだけ乗せて座り、丸い月を眺めていた。
護るべきもののために戦う。ちょっと前、そんな事を考えていたはず。でも大聖木さんの話を聞いた。植物のみんなもそれぞれの護るべきもののために戦っているんだ。私はそれを邪魔できない。だから私は戦わない。
なーんて大人っぽく言ってみたけど。みんなとっとと仲良くすればいいのに。ホントはそう思ってる。何でみんなそんな簡単なことが出来ないんだろう。
ギィギィと鎖が軋む。やがてその音は鈴虫の歌声、草木の揺れる音と重なる。壮大なオーケストラとなり公園をオーディトリウムに変えた。
風がやみ、ブランコの音が主旋律となるとひまわりはある事に気が付いた。もうひとつ鳴っている。
ひまわりが左のブランコに目をやる。そこにはひまわりと同じ背丈、ショートカットの女性が一方のブランコに座っていた。
「あなたは誰?」
ひまわりが訪ねた。すると女性がこちらを向く。ひまわりは唖然とした。目の前に座っている女性。紛れもなく自分自身だ。
「私はもう一人のあなただよ」
「もう一人のあたし?」
「うん。大聖木さんも言ってたでしょ?この世界の裏側には植物界があるって。それと同じ。あなたの裏には私がいて、私の裏にはあなたがいるの」
「そうなんだ。じゃああなたもひまわりちゃん?」
「うん」
「ひまわりちゃんは何でショートカットなの?」
「これはあなたが死ぬときの髪型だよ」
「そうなの?」
「うん。あなたはもうすぐ死ぬの。これはその時の髪型」
「そうなんだ!じゃあもしもあたしが死んじゃったらひまわりちゃんも死んじゃうの?」
「うん」
「そっか!じゃああたしがひまわりちゃんを護るね!ひまわりちゃんもあたしの大切なものだから!」
「…怖くないの?」
「何が?」
「死ぬのが」
「うん!だって死なないもん!」
「いや、死ぬのよ」
「死なないよ!」
「死ぬの!」
「死なないよ!それに髪も切らないよ!」
「死ぬの!切るの!」
「死なないよ!切らないよ!」
「もういい!」
「あはは!」
ひまわりはついさっきまで悩んでいたことなどすっかり忘れ、もう一人の自分との問答を楽しんだ。
「ひまわりちゃんはビーム出せるの?」
「出せるよ」
「そうなんだ!同じだね!」
「でも私のビームはあなたと反対で夜だけ出せるの」
「おお!かっこいい!!それでひまわりちゃんもひまわりちゃんの大切な人を護るの?」
「そうだよ」
「すごーい!一緒だね!二人が一緒になれたら一日中ビーム出せるのにね!」
「私達はいつも一緒だよ。死ぬまでも。死んでからも。私の裏にあなたがいて、あなたの裏にわたしがいる。私たちは表裏一体の一心同体だから」
「あたしそんな難しい言葉わかんないよ!ほんとうにひまわりちゃんなの?」
「あなたがおバカだから反対に言葉をよく知ってるの」
「あ!そっか!じゃあ一緒だ!」
「…じゃあ私はもう行くね」
「うん!どこに帰るの?」
「あなたの裏側に」
「そっか!裏側ね!またね!」
「うん。…気を付けてね。ひまわり」
「任せなさーい!」
ひまわりは笑顔で部屋へと戻っていった。神秘的な満月の夜の話。
黄昏の花陽隊要塞。戦況は顕著に好ましくない。カーネーションはついに灼熱の戦士を植物界から呼び寄せる。
「頼むぞ。カランコエ」
「お任せください」