第30章 -決死行編-

第30章 

 

Ⅰ 11月15日

 

 見慣れぬ天井。目を覚ます。

 

ラナンキュラス。何故お前はこちらに来た」

「…ただの人探しですよ」

「違うだろう。お前はそんなものの為に命を懸けるようなやつではない」

「…何を仰りたいのでしょうか」 

「お前は『よからぬ事』を考えていただろう?」

「総帥、お人が悪いですね。私はただこちらに突入した教え子を止める為にやってきただけですよ」

「もうそんなことを悠長に言ってられる場合でないことはわかるだろう。利き腕を失った貴様ならばなおさら」

「反論はありません」

「…ラナンキュラスよ。私は未だに思い返すことがある。あの時お前の首根っこを掴んででも花陽隊に入隊させ、お前を私の元で教育すべきだったと」

「…総帥の心に留めて頂いて光栄です。…総帥、何故私などを治癒して頂けたのでしょうか」

「アルストロの判断だ」

アルストロメリアの…」

「…いいかラナン。花陽隊、騎士隊、暴徒。誰が何色の服を身に纏おうともはや関係ない。これはアルプローラを掛けた総力戦だ。ラナン、ファレノを討て」

「…救って頂いたこの身体。その命にて尽くしたいと存じます」

 

 

「えーと。じゃあ牡丹。これから週刊源泉徴収さんのインタビューだから」

「何それ」

源泉徴収について書いてる雑誌」

「週刊で!?何で私!?」

「失礼のないようにね」

「ちょっと待ってよ!」

 某テレビ局楽屋。桜田牡丹はよくわからない雑誌のインタビューを待った。

「失礼しまーす」

「どうぞー」

「今日はよろしくお願いします。週刊源泉徴収の浅海です」

「よろしくお願いしまーす」

 楽屋にずかずかと入って来たインタビュアーが二人を隔てる机の中央に録音媒体を置き、インタビューを始める。

桜田さんは源泉徴収ついてどう思っていますか?」

「どうって…しゃかいじんのぎむだと思います!」

 牡丹はアイドルの仮面を被り、当たり障りもない回答をした。

 マネージャーはインタビューが始まるや控室から出て行った。左胸を抑えていたのでおそらくはタバコだろう。

「…」

 マネージャーが部屋から消えた瞬間。インタビュアーの顔が変わった。

「…では桜田さん本題です。先々月、牡丹さんは暴徒植物に襲われましたが、何で牡丹さんが狙われたと思ってますか?」

「へ?」

「数いたアイドルの中から牡丹さんだけが致命傷を受けました。そして奇跡的に蘇生しました。これについて、何でだと思いますか?」

「あの…源泉徴収は…」

「ああ。じゃあそれも踏まえて、質問に応えて頂けますか?」

「何なんですかあなた。答えたくないですよ。人が死んだんですよ」

「じゃあ質問を変えましょう。ヒーローについて正体を知っていますか?」

 何なんだこのインタビュアーは。まるで全てを見透かしているような質問ばかり。一体何者なんだ。

「知らないですよ」

「そうですか。謎の物体とヒーローの話はもちろん知っていますよね?」

「それは、はい。テレビで見たんで」

「でもね。ヒーローの目撃情報って全くなかったじゃないですか。彼ら、どうも普通の人間の眼には見えないみたいなんですよね。でもある人たちには見える…。例えば…妖精が見えるとか」

「!」

「これを見てください。春先のアフタヌーンのライブDVDです。えーっとこれは誰ですか?」

「…私です」

「そうですよね。例えばここにピンク色の妖精が浮かんでいるのが見える!って私が言ったらどう思いますか?」

 インタビュアーは動画中に移り込んだロッタの姿を的確に指さしていった。間違いない。こいつは妖精が見えている。そして私がヒーローであることを確信している。どうする。雑誌記者と言った。全てを公にされる前にこちらに取り込むか。しかし信用ならないこのツラ。どうする。

「…何言ってるんだろーって思います」

「そうですか。テレビとか…この前映画にも出ていましたよね!作品全部拝見させていただきました。でもね。そーゆーのには映ってなかったんですよ。一切。きっと私のような『見える』人を警戒して妖精さんに言ってたんだと思うんです。「カメラの前には出るな!」とか。でもライブのカメラまでは妖精さんも気付かなかったのかもしれませんね」

「…」

「どう思います?」

「目的はな

ガチャリ。控室の扉が開く。

「おすすめの源泉徴収はありますか?」

「!!…えーっと道玄坂の…ヤツです!」

 二人は落とした仮面を再び被った。

 この女。マネージャーにそれがバレないように配慮した。いったい何が目的なんだ。

「ではインタビューは以上です!お時間とってもらってありがとうございました!」

「いえいえ!創刊楽しみに待ってます!」

 インタビュアーは深く礼をして楽屋から去った。あの女…いったいどうする気だ。牡丹がこの後のバラエティ番組で全く活躍できなかったのは言うまでもない。

 

Ⅱ 11月27日

 

 季節は冷たい風を通りに吹かせた。街はすでに煌びやかなクリスマスデコレーションで飾り付けられている。

 冬は植物にとって生命を維持させるうえで最も厳しい季節。気を抜けば死が待ち受ける低気温は彼らにとって死活問題である。

 

 カランコエが要塞を巡り松明に灯を燈していく。カトレアはカランコエを治癒した後に力尽きた。死してはいないがもうこの戦いで誰かを治癒することはできないだろう。

 気色の悪い声。指令室の液晶に再びあの男が映し出される。

 薬師は、植物体を能力そのままに体内組織を操作、細胞分裂を停止させ、半永久的に朽ちることのない戦士を作り出す技術『プリザーブド』、そしてさらに手に入れた植物体同士を自由に組み合わせ、より強い個体を創り出す第三の技術『アレンジメント』を発表した。

 カーネーションは拳で液晶を叩き割った。彼が部下の前で初めて見せる感情的なアクションである。これにより、彼らはこの後発表された第四の技術について情報を得ることが叶わなかった。

 

 

 母国の滅亡が迫っているのも梅雨知らず、サンダーソニアは今日も図書館で日本語の勉強に勤しんでいた。

「サンダーソニアさん。今日もお疲れ様でした。もう閉館のお時間ですよ」

「…こっちの時間が過ぎるのは本当に早い」

「その本借りていきますか?」

「お願いします」

 サンダーソニアは小説を二冊と日本史に関する文庫本を一冊抱え、夕暮れの図書館をあとにした。

 街路の広葉樹は肌を赤く染め、今にも落ちそうなほど薄く、枝にしがみ付いている。

 昨日読んだ書物には、葉というのは元々赤色をしているものであり、春先に葉緑体をたくさん蓄えることでその姿を緑色に変化させる。つまりそれらが失われ、秋に露わになった赤色こそが彼らの真の姿であるのだと記してあった。

 植物である自分ですらそんなことは知らなかった。本当にこっちの書物は興味深いものばかりである。

 目に入るもの全てが科学で説明出来得ると多くの書物は語っていた。彼が「こちらの時間が過ぎるのは早い」と語った言葉の真理にも、彼は近いうちに触れることになるだろう。

「いしやーきーもーいかがですかー」

 この腑抜けた阿呆のような声も、科学的に何かしらの意味をもっているのだろう。やがてその声はサンダーソニアに近づく。

「あ!えーっとね。サンダーソナーさん!」

「…」

「あちゃーまちがえちった?」

「サンダーソニアだ」

「それでした!ソニアさん!」

 あの時の女だ。花陽隊の隊長と悶着した時。そういえばこいつのせいで散々な目に遭った。

「あ!これはね!焼き芋!お金ないでしょー?植物だもんね!はい!これはあたしの奢りだよ!」

 女は炭火で焼かれた甘芋を銀の鉄布で包み、こちらに手渡した。

 女がそれを剥いて食べろというので、サンダーソニアは言われるがままに紫色の芋に齧り付いた。

 中の黄金色の身がほのかに甘い。炭火の風味は体を温める。自然と浮かんできたこの感想はまさに「ホクホク」だ。

「おいしーでしょー」

 サンダーソニアはどうもこの女に屈した気がするので素直にイエスと返答ができなかった。が、どうやら女にはその内心は見抜かれている様だ。彼は結局、無理に感情を繕うのをよした。

「うまい」

「でしょー。じゃまたね!サンダーソニアさん!」

 女はまた荷台を引き、例の阿呆臭い掛け声を伴い歩き出した。こんなに軽そうなリアカーをゆっくりゆっくりと引く女の後ろ姿に、サンダーソニアは自然と声をかけていた。

「名前は」

「あたし?あたしはね!ひまわり!菊江ひまわりだよ!」

 ひまわり。それは太陽の花である。彼女の笑顔にサンダーソニアの何かが優しく暖められた。去り行く彼女の背中を橙色の炭火が照らし、またそれは夕日のように尊く思えた。

 

 Ⅲ 11月28日

 

 朝日がアルストロメリアの目を覚ます。今日も彼の枕元は鮮血で滲んでいる。壊れた精神が自身の血反吐によって元に戻される。

 身体を蝕む疫病。迫りくる死こそが彼の精神を逆に安定させた。もはや戦うしかない。前も後ろも待ち受けるは死である。

 

 向かってくるイヤな足音に心拍数が上がる。辺りを見回す。戦士達からはもう微塵の迷いも感じられない。今ここに立っているのは誇り高き者のみだ。

 病からか、あるいは武者震いからか、珍しく身体が強張るアルストロメリアラナンキュラスが近づいた。ラナンキュラスの半身には花陽隊の軍服が着ささっている。

アルストロメリア。ファレノはオレが仕留める。他の者をファレノから遠ざけて欲しい」

 アルストロメリアはそれに返答をしなかった。重たい空気が二人の間に流れる。足音は徐々に大きくなって近づいてくる。ラナンキュラスアルストロメリアにもう一度口を利こうとした時、アルストロメリアが先に口を開いた。

ラナンキュラス。私の身体はすでに疫病に犯されている。おそらく今日が私の最期となる。退陣はない。進軍のみだ。…先に黄泉の国で待つ。お前が来たら、約束通りお前を殺す」

 ラナンキュラスは強く固唾を飲み、頷いた。

 

 巨大兵器の腹部が開く。中から出でたのはファレノプシス一体のみ。

 ファレノプシスが一歩、二歩と、先陣のラナンキュラスアルストロメリアに歩み寄る。

 砂塵が静かに吹く。

「生きてたか。ラナン。…さて、決断はできたか。アルストロ」

 ファレノプシスが語る。殺気はない。生気すらもない。

「お誘いには感謝するがやはり私は百花繚乱、散り様に美学を見出している。残念だが今回は遠慮しておこう」

「そうか。残念だ」 

 そう言うとファレノプシスは不格好に引っ付けられた腐った誰かの右腕を揺らし、腰に収まった鞘から剣を抜いた。ラナンキュラスも鞘から剣だけを抜き捨て、慣れぬ左腕でそれを握った。

「ラナン。私がお前をこっちに呼ばなかったのはな

「ファレノ、それ以上は余計だ」

「…」

 

 

 一拍より短い脈が世界に打たれる。

 

 

 ギャシーン!

 

 

 ラナンキュラスファレノプシスアルストロメリアの号令を待たずして刹那を斬り裂きぶつかり合った。

 その瞬間、兵器内から大量のアレンジメント兵が地上に降り立つ。アルプローラの戦士達も一斉に剣を取る。アルストロメリアはあらゆる感情を捨て、戦士達に敵兵をラナンキュラスらから遠ざけるように指示した。

「あちらを見るな!眼をやられるぞ!目の前の敵に集中しろ!」

 アルストロメリアは感涙を流しかけた。隊員達は、戦いながら敵を遠ざけるという難儀な注文を、いとも簡単に遂行してみせたのだ。

 ここに戦う勇者たちの名は一人残らず後世に受け継がなければならない。決して滅ぼしてはいけない。この種族を。

 アルストロメリアの剣を握る手が再び躍動する。

 御膳立ては済んだ。チャンスは一太刀のみ…。それを躱されれば次はない。瞳がヤツの光を浴びれば少なく見積もっても五秒、視界は戻らない。心の瞳で全てを描く。『ファレノプシス』がきっと導いてくれる。

 ラナンキュラスはそっと瞳を閉じ、剣を構えた。辺りの戦いの怒号がスッと頭の中から消え去り、これまで気にしてこなかった風の音、その風が葉を揺らす音、散る音、その葉の下で眠るリスの心拍音がトクトクと聞こえてきた。

 

 スャーン!

 

 そのような音はしていなかったかもしれない。しかしその五感に突き刺さるほどの強烈な発光は、漫画的な効果音で形容する他ないほど、敵味方人間植物地球人異星人関係なく視界を奪った。たったの二名を除いて。

 ラナンキュラスは閉じた瞳の中で右方に剣を捌く。鋼と鋼がぶつかる。見えている。見えているぞ。ラナンキュラスファレノプシスの太刀筋を完全に読み切った。

 依然真っ白な世界で、ラナンキュラス士官学校で彼と出会った時の事、日々互いに剣技を切磋琢磨した事、夢を理想を語り合った事、深夜に寮を逃げ出し女のところに行った事、戦争に駆り出された事、そこで共に戦果を挙げた事、その酒杯に酔った事、上官に怒られたこと。そして別々の道を選んだ時の事、彼が蘭十字騎士隊隊長に就任した時のこと、それを心から誉に思った事。ファレノプシスと過ごした全ての記憶が瞼、瞳、そして頭に、心に映し出された。

 強烈な光は止み、視界に色彩が戻った頃、地面にはファレノプシスの首がころりと転がっていた。

 

「…」

 

 ラナンキュラスファレノプシスの死体を見た。

「…それはオレの負けと言いたいのか?」

 ファレノプシスの右腕には、変色した自らの腕がくくり付けられていた。

 ラナンキュラスは深く息をつき。その首と体を要塞まで運ぶと、再び激戦地へと入っていった。

 

 ラナンキュラスファレノプシスを仕留めた。戦場の花陽隊の士気がさらに上がる。アルストロメリアは今が勝負時であると確信した。隊員たちはさらに巨大兵器に迫っていく。

 いける。辿り着ける。皆で掛かれば巨大兵器を落とせる。今しかない。

 

「な」

 

 何だコイツは。その瞬間、目の前に立ち塞がったアレンジメント兵にアルストロメリアは眼球が落ちるほどに目を見開いた。

 究極的。まさに究極的な組み合わせ。アルプローラの強者だけを究極的に繋ぎ合わせている。他とは明らかに違う。これは最強。最強の個体だ。

 最後の敵だ。こいつが我が人生最後の敵。血反吐など隠す必要もない。いくらでも吐き捨ててやる。こいつを天に葬り、彼らと黄泉の国で語らってやる。

「うらああああああああああ!!!」

アルストロメリアは全てを懸けてこの最強個体とぶつかった。

 一太刀を振りかざす度に内臓が破裂しそうなほどの脈が打たれる。腹部は太刀キズと血反吐が判別できぬほどに血みどろに染まっている。

 この時、アルストロメリアは自らがすでに絶命していることに気付きもしなかっただろう。

 彼の魂はすでに肉体と分離していることにも気付かず、夢幻のなかでひたすら剣を振り続けた。本当の肉体が混沌と化した戦地で軍靴に踏みにじられてるとも知らずに。

 彼の死の報は永遠に仲間の元に届くことはなく、兵器に回収されることもなかった。

 彼は魂の問答の中で、自らの命の意味を考えたが、答えが出る前にその灯は北風により風化した。