第33章

第33章 

 

Ⅰ 12月4日

 

「ただいまー」

「おかえりボタちゃん!」

「今日も疲れたー」

「お疲れ様!焼き芋たくさん持ってきたよ!」

「もう焼き芋食べ飽きた」

「えー美味しいのにー」

 牡丹がひまわりの言葉を適当に流して着替えを済まし、ひまわりが潜る炬燵に足を入れる。

 炬燵に腰まで浸かるひまわりは最近みるみる肥えていっているように見える。冬ごもりの為だろうか。まるで牛のように丸くなった彼女を牡丹はクッションのように使った。

「焼き芋のバイトは楽しい?」

「うん!いろんな人と話せて楽しいよ!」

 畑は大方の収穫を終えた。また無職に逆戻りしたひまわりに阿久津は冬限定の焼き芋販売アルバイトを当てがった。

「そっかよかったね」

 自分で話題を振っといてあっけない返事をした。これがひまわりじゃなかったらきっと怒られているだろう。

「ボタちゃん」

「何?」

「恋って何だと思う?」

「!」

 牡丹は口に含んでいた焼き芋をマンガのように吹き出した。その単語は、ひまわりから最も掛け離れた言葉である。

「そんなのひまちゃんにはまだ早い!」

「えー」

「え、待って、ひまちゃん恋してんの?」

「うん。そうみたいだよー。恋人もできちゃったし」

「!?」

 絶対に。例え大地が裂け空が唸り、地球が終わりを迎えたとしても、これだけは絶対にひまわりに先を越されることはなかったはずのそれ。いったい何が起きたというのか。どこの誰が。どういう経緯で。

 超絶美少女の私がぬけぬけとアイドルなんてやっているうちに。まさにウサギと亀。亀のようにこののろまのひまわりにウサギの私が追い抜かれた。そんなことがあっていいのか。これは夢だ。悪い夢なのだ…。

「ぼたちゃーん。おーい」

 牡丹はそのまま思考停止し、彼女が朝まで目覚めることはなかった。

 

 

「…」

 ファレノプシスが死んだ。深く布を被ったラナンキュラスは図書館で勉強するサンダーソニアの隣に座りそれを伝えた。

 サンダーソニアが返事に渋っていると、ラナンキュラスは一枚の紙を彼に手渡した。

 それは花陽隊総帥ドラクロワカーネーションからの召集令状であった。

「総力戦だ」

 ラナンキュラスはそれだけ伝え、その場をすぐに去った。

 到底死にそうになかったファレノプシスという猛者でも。それにラナンキュラスの右腕もなかった。そんなに強いのか人間は。

 しかしながら、これまで幾度となくそれを期待すればするほど、自分自身の強さに絶望してきた。サンダーソニアのペンはしばらくの間止まっていた。

 …いや、いいんだ。俺にはひまわりがいる。もう最強など。どうでもいいのだ。

 サンダーソニアのペンがまた軽快に走り出した。彼の顔は笑っていた。

 

 Ⅱ 12月9日②

 

 ここ数ヶ月で何度病院の廊下に居座っただろうか。よく考えてみればいつでも、自分だけは無事だった。梅屋は今まで通り、その重苦しい空気に耐え切れず病院の外に出た。

 リンドウは一命を取り止めた。梅屋によって斬られたハラワタは、梅屋の茨によって閉じられた。

「リンドウはこの先、生かされてどうするんだ?一生芍薬に負かされたことを惨めに背負いながら生きるのか?死ぬよりも地獄じゃないか。君があいつを助けたのは薄汚い君のエゴだ」

 デルフィンが梅屋を糾弾した。

「そうさ!エゴさ!僕が目指すのは人植共存!誰に何と言われようとそんなの関係ない!僕がリンドウさんを殺してしまえば、それはもう僕ではない!僕はもう何があろうと、絶対に自分の決めた信念を揺らげない!リンドウさんが目覚めた後、彼が納得するまで必ず話し合ってみせる!」

「言葉だけなら誰だって言えるさ!時代も世界もお前なんかの戯言には眼中にない!」

「最初からそのつもりさ!」

 睨み合うデルフィンと梅屋をロージエが見つめる。

 あの戦い。デルフィンは咄嗟に彼らの姿を消した。

 理由はよくわからないが、妖精の力を纏った彼らの姿を人々は見ることが敵わないのに対し、大聖木様の力を纏った時の彼らは誰の眼にも映るみたいだ。

 さておき、繰り返しになるがデルフィンはあの時咄嗟に二人の姿を消した。彼の力を彼らに注ぐことで。これは彼の優しさだろう。

 リンドウ。そして芍薬。君らは勘違いしている。芍薬は開花なんてしていない。あれはただの僕の能力だ。

 もう手助けはしないよ。僕も忙しいんだ。じゃあみんな達者でね。

 梅屋とデルフィンが再び病院に戻っていく。ロージエはそれに続かず、聖園へと帰っていった。

 

 Ⅲ 12月10日

 

 師走もまだ初め。秩父の奥はすでに白銀の世界だった。

 夏焼と二瓶は薄手のコートを羽織って来たことに後悔しながら、先頭を闊歩する浅海の後ろに続いて歩いた。

秩父の山林に虹橋爆破の真実について握る男が潜伏している』。浅海がこの情報を持ってきたのは今朝のことだった。

 彼らは浅海のナビで埼玉方面へと車を走らせ、秩父の山林、鬱蒼とする竹藪の前に車を停めた。

 浅海は車から降りるとプリントアウトした地図を片手に竹藪へと入っていった。

 夏焼と二瓶は仕方がなくそれに従い、踝まで雪の積もる凍てつく竹藪を掻き分けた。

 今何時でここがどこなのか。空に日差しはなく、方角すらもわからない。というのも浅海は二人に対し、一切の電子機器の所持を許さなかったのだ。

 彼女は「これから会う男の居場所がHypoを取り込んだ薬師に突き止められないように」と二名に説明した。二人は仕方がなくそれにしたがった。

 鼻先を赤くし、道なき竹藪を進む三人。

 遂には竹藪を抜けた。

 竹藪の先にはブランコだけを備えたこじんまりとした公園。奥にはそれに沿って道路が敷かれているのが見える。

「…」

 つまりは三人が竹藪など通る必要がなかったということを表しているのだが、ともあれ凍える二人にはすでに彼女を咎める体力など残っておらず、視界の先の朽ちたベンチへと無言で歩を進めた。

「ここが男との待ち合わせ場所です」

 浅海が息を凍らせて言う。三人は自分達が不用心につけた雪上の足跡を見返した。

 しばらくの時間が経った。指定の時間はもう過ぎている。三人の記した足跡はすでに雪によって上書きされている。

「誰か来ます」

 カチ。二瓶が何かを察知し腰のホルターに手を掛けた。 

 サクサクと雪の下の凍った芝生を踏みつける音が近づいてくる。遠巻きに見るにそれは薬師ではない。

「…携帯は」

「持って来てませんよ」

「無線は。時計は」

「全部置いてきました。ご安心ください」

「身体検査でもしますか?」

「いや、結構です」

 男は三人に近づくなり、情報機器への警戒を優先させた。

 男は深く被ったカーキ色のフードを脱ぎその顔を露わにした。

 薬師の部下を全て記録済みであった浅海は、男性がその名を名乗るその前に、この男が薬師の元研究員添田であることを解した。

添田さんですね。焼き殺されたものだと」

「あの日Hypoの挙動がおかしかった。科学に従事する者としてこんなことは言いたくないが、所謂第六感というものです」

 そう言うと添田は一枚のディスクを手渡した。

「これは?」

「この中にHypoが虹橋を破壊した履歴が記録されている。私にできるのはこれまでです」

「これを世間に公開すれば薬師は」

「ただ気をつけて下さい。これをネットの繋がった媒体で閲覧したが最後。薬師はそれを光よりも早く抹消するでしょう。あいつはすでに人間を越えました」

 男が一切の情報機器の持ち込みを禁じた訳を何となくだが理解した。

 二瓶がディスクを受け取る。

「どうやってこれを」

「Hypoの製作者は半分私ですから。それでアイツを地獄に落として下さい。さあ話は終わりです。もう行ってください。あなたたちは情報の匂いが強い。どこであいつがその臭いを嗅ぎつけるかわからな

 

「確かにそうだな添田君」

 

「!?」

 添田はどこからともなく聞こえてきたその声に対し絵に描いたように動揺している。一生忘れることがないであろうその声調。

「お、お前ら!」

 添田は当然三名を疑った。しかし夏焼はそれを必死に否定した。二瓶の指はすでにトリガーに掛かっている。

「死体が足りなかったからおかしいとは思っていたが。こんなところで何をしているんだ…添田君」

 添田の顔が見る見るうちに恐怖に青褪めていく。

「二瓶。浅海と先に行け」

「はい」

 夏焼が浅海と二瓶をこの場から立ち去らせる。

 一体どこから聞こえてくる。鼓膜からではなく、脳に直接語り掛けられているような気持ち悪い感覚。

「情報を遮断するというのは中々鋭い着眼点だったが…。残念ながら彼らはそれぞれひとつずつ、電子機器を置いて来るのを忘れたようだ」

「お前ら!やはり!信じるべきではなかった!」

添田さん。落ち着いてください。自分たちは本当に何も持って来てません」

「じゃあなんでやはここをしって」

添田さん。まずは落ち着いて!とりあえず私達もここから離れましょう」

 夏焼が添田を浅海らが再び潜っていった竹藪と反対方向へと誘導する。

添田君。違う。違うよ。『ここ』のことだよ」

 

 ガシ!!

 

「!?」

 突然。添田の頭頂部が何者かによって掴まれる。もちろんそれが何者か、夏焼はすでにわかっている。

「手を降ろせ薬師!」

 夏焼が銃口を向けその名を叫ぶ。

「脳髄は各部位へと微弱な電気信号により指令を送っている。電子機器以外の何物でもない」

 添田の頭を掴む薬師の握力が次第に強くなっていく。添田の気はすでに狂っている。

「左手のマイクロチップはもしもの時の為の複製か?…なんだ違うのか?それにしても君を殺すのは惜しい。実に推しい優秀な頭脳だ。本当にもったいないと思っている」

 添田が顔中の体液を垂れ流し、もはや言語の体を成していない何かを叫び延命を懇願する。その時。

 

 ブッシュァアア!

 

「!?」

 薬師が添田の頭部を握りつぶした。爆散した脳髄や鮮血、あるいは眼球だったものが夏焼のコートに付着する。もちろん薬師にも。

「…」

「…撃たないのか?夏焼刑事」

 薬師は鮮血に染まった自身の顔を、また鮮血で染まった自身の甲で拭い問うた。

「君とさっき逃げた二人。君たちを殺せば今真っ先に疑われるのは私だな?警視庁のお二人に関しては行方不明にしたところで同じ。…お互い賢い選択をしよう。君たちはあのディスクをこちらに渡す。私は君たちに一切の危害を加えない。これでどうだろうか」

 何故こいつはこんなにも余裕なのか。こちらには拳銃。自分が要求できる境遇にないことは小学生でもわかるはず。

「断る。お前のHypoはあの爆破で数百の命を奪った。罪を償え」

「夏焼さん。そんなカッコいいこと言っても失われた命は帰って来ないんですよ」

 薬師が夏焼に一歩近づく。その時。

 

 バシュューーーーーーーーン!

 

「!?」

 鋭い銃声とともに薬師の右腕が弾け飛んだ。自分は撃っていない。では誰が。

「ふざけるなああ!」

 薬師が白目を剥き見えざる敵に叫ぶ。薬師は懐からピストルを取り出し夏焼に向ける。夏焼も咄嗟にトリガーを引く。

 

 ズギュューーーーーーーーン!

 

 再びの銃声。雪天の竹林に溶けて消える。貫かれたのはまたも薬師の右肩。

「やってるな。夏」

「蛇黒…!」

「夏。ここはオレが受け持つ。お前に殺しはまだ早い。二瓶君とお姉ちゃんを護衛してやって」

 二人にこれ以上の会話はいらなかった。夏焼は蛇黒にこの場を任せ、浅海らが走った方へと駆けだした。

「…」

「蛇黒…正義」

「さて。博士。随分と大層な濡れ衣を着させてくれたみたいで。まあいいけど」

「…やめてくれ!殺さないでくれええ!」

「!」

 不格好に頭を雪に埋め命乞いする薬師の姿に少々戸惑った。それは記者会見で見せていた彼のソレとはまるで違った。

「まあとにかく。あんたはここでくたばらずちゃんと法の下で裁かれるべきだな。ここであんたを殺したら誰かさん達の努力が全部水の泡になるしさ」

 蛇黒が少し長めの文章を言い終わった頃。彼はいつの間にか薬師が静かになっていることにようやく気が付いた。

「三言ほど…余計だったな」

 薬師の声色は劇的に移り変わった。薬師は顔を地に向けたまま徐に腰をあげその場に腰を曲げ立ち上がった。

「お前や植物共を見ていると本当に腹が立つ…。お前たちのイカれた特殊能力は人類が積み上げてきた科学の定義を根こそぎ亡きモノにしていく。…貴様が私に打ち込んだ弾丸。極微ながら貴様の細胞が付着していた。貴様が無駄口をせっせと語っている間、私とHypoはその細胞組成あるいはそれによる非科学的能力の発動現象について解読を進め、そしてすでに、その全てを私は完全に理解した」

「…もっと簡単に説明してくんなきゃわかんねえよ」

「失敬。バカにもわかるように説明しよう。つまりはこういうことだ」

「!?」

 薬師の右腕は悪魔的なマシンガンに、左腕は畏怖的なドリルに、さらに両足はホッピングの如くバネ状に形を変えた。これは紛れもなく、蛇黒の能力。

「君の事。もっと知りたいとずっと思っていたのだよ。蛇黒さん」

 

 ビッシュウウウウン!

 

 次の瞬間、薬師はバネによって得た超越的な推進力により蛇黒に襲い掛かった。

 ガッシュイイン!

 激しい金属と金属の衝突音が人気のない公園に唯一佇む電球を割る。

「近くで見るとこんな顔をしてるのか。中々整っているじゃないか」

「ぐ!」

 ギュラガガガガッガガ!

 左腕のドリルは激しく回転し、蛇黒をハラワタに迫る。

「私は君を殺す気はない。君があの三人を放棄してくれれば私も君を殺さなくて済むんだが…」

「断る以外の選択肢が思いつかん!」

「残念」

 ギュルギギギギギギ!

「!!」

 鋼鉄と化した蛇黒の身体組織が火花をあげて辺りに散らばった。血飛沫こそ上がらなかったが、蛇黒の身体は確実に削られていった。

 ドギュン!ドギュンドギュドギュン!

 蛇黒が薬師の頭部にマグナムを撃ち抜く。しかし、その全ては虚しくも雪上に音もたてず落下する。 

「この鋼の能力、たしかに発明者は君だ。しかし。どうやら特許はがら空きだったようだ。…私の頭には人類がこれまでに積み上げてきた科学の設計図のほとんどが記憶されている。君にできないことはたくさんあるが、君にできて私にできないことはひとつもない。…それにしても鋼の身体にこの気温は随分堪えるな。さあ。あの世で君が裁いた下衆共が君を待ってるぞ!」

 ギュイィィィィン!

 薬師の腕部ドリルが火花をあげてさらに激しく回転を始める。蛇黒にはそれがいったい何を動力に動いているのか理解すらできなかった。薬師の言う通り、薬師はこの能力を自分よりも遥かに使いこなしている。

 熱を帯びた金属片が雪の層を溶かしながら沈んでいく。それは次第に紅色の血液へと融解して。

 

 ドリルの回転が治まる。

 薬師の右腕が蛇黒の胴体から抜かれる。蛇黒のハラワタは向こう側が見えるほどに、ぽっかりと削り取られ、蛇黒はそのまま機械よりも冷たい雪の上に倒れた。

「…」

 薬師は俯せに倒れる蛇黒の身体を弄り、コートの裏からマグナムの弾丸を抜き取る。薬師はそれを済ますと、蛇黒の顔をしばらく見た後夏焼が遺した足跡を追跡した。

 

 すでにこの眼は三名の姿を捉えている。最も空気抵抗の少ない形。自身を変形させ竹藪を薙ぎ倒し突き進む。

「!」

 夏焼はそれを察した。蛇黒は負けたのか。二瓶と浅海はもう竹藪を抜けたか。少しでも足止めしなければ。夏焼は薬師を迎え討った。

 彼のその無駄な抵抗に、すでに人間を超越した薬師は同情した。 

 ハンターが死に損なった鹿の脳天を丁寧に狙うように。変形させた左腕のマグナムに先ほど蛇黒からくすねた弾丸を装填する。

 あれは蛇黒の能力。やはり蛇黒は負けたのか。どうやってあれ止める。考えろ。神に祈るのはまだ早い。

 …いや、もう無理だ。夏焼が歯を食いしばる。その時。

 

「!!」

 

 二者の間に降り立った男。その名を薬師が再び叫ぶ。

「蛇黒おおおおお」

「夏、何分堪えればいい」

「少なく見積もっても四十分…!」

「骨が折れ

 ガシュィン!

 薬師の攻撃は蛇黒がそれを言い終わる前に遂行された。夏焼はまた竹藪を走りだす。もう背後を振り返ることない。

「…添田の死体で穴を塞いだのか蛇黒お!」

 薬師が弾丸全てを蛇黒に撃ち込む。蛇黒はそれを鋼鉄の身体で防ぐ。

 薬師が再び両脚を変形させ、高速で蛇黒を仕留めに掛かる。薬師の身体が蛇黒に触れるかというその瞬間。

「なめんなよ…」

「!?」

 蛇黒が咆哮をあげ両腕を引き揚げる。するとそれと同調するように地上より鋼鉄の壁が隆起し、薬師の進撃を阻んだ。

「蛇黒!これは何だ!」

 あいつの能力は体内中の鉄分を自在に結合分離させそれを自在に形成させる能力!しかし今!あいつは自らの体内中だけでなく!土中!あるいは空気中!もしくは他個体中のそれすらも自在に操れるようになったというのか!

 …だから添田はここを取引場所に選んだ!ここは秩父鉱山!未だ地中に豊富な鉄鉱石を蓄えている土地!あのクソッタレ!

 能力をより使いこなす為にはあらゆる知識が必要。そして今、それをより多く有しているのは薬師の方。

 しかし、蛇黒はこの状況を覆すほどの圧倒的な、薬師が永久に手に入れることができない圧倒的な才能がある。この窮地。世界は再び彼に新たな能力を開花させた。

 何故だ!私の脳はとっくにあいつの脳へのジャックを開始している!開始しているのに一向にあいつの脳にアクセスできない!

 これもクソ添田の仕業なのか!あのマイクロチップ!蛇黒が自身の身体を取り込むことを見越して!上擦らにしょうもないデータを仕込みくさりやがって!私を欺き!本命は奥底に隠された蛇黒の脳をプロテクトするプログラム!仕込んでいやがった!あいつはこうなることを全て見越して!おのれ添田添田添田添田添田添田添田添田

 蛇黒は憤死しかける薬師に構わず突撃する。鋼鉄の一撃が同じく鋼鉄で纏われた薬師の頭部のそれを融解し、薬師の顔面を雪積る竹林に叩きつける。

「…お前の助手から伝言だ。これは所員の復讐の鉄槌!」

「!!!!!!!!!」

「つい昨日まで引きこもりのモヤシ野郎だったお前をたった四十分だけ止めるなんてのはな、朝飯前のクソ前のセックス前くらいちょろいんだよアンポンタン」

 蛇黒の頭蓋を粉砕するほどの殴打。鉄と鉄とがぶつかる音。竹林に騒めく。

 薬師の脳が蛇黒の脳に掛けられたプロテクトの突破を試みる。しかし薬師は蛇黒の執拗な攻撃にそれに集中することができない。

 

 浅海と二瓶は竹藪に再入後すぐに二手に分かれた。一か八か、五割の確率で追跡の時間を稼ぐため。ディスクを持ったのは二瓶。

 二瓶はすでに車を走らせ遂に首都高を降りた。都内某レンタルスペースのインターフォンを鳴らす。

「ディスクを持ってくるのは浅海さんでは…!?」

「んなことはどうでもいい!早く始めろ!」

 事前の打ち合わせでは浅海がレンタルスペースに来る予定。夏焼と二瓶はもしもの為の囮。サイバー課の男性は段取りと異なる状況に少し戸惑った。

 二瓶はまだ夏焼ほど浅海を信用していなかった。二瓶は逃走中、浅海に事前に用意していた偽のディスクを手渡した。

 浅海は今頃車が無くて困っているだろうがそんなことは知らん。二瓶は男にディスクの読み取りを急かす。

 

 薬師の頭はマグマのように熱くなっている。蛇黒と戦いながら蛇黒の脳内を解読する。

 頭脳にHypoを有する薬師にとってもそれはオーバーヒートで命を落としかねないほどの難儀。しかし時計の針は重い重い一秒を積み重ねていく。

 

 ディスクの読み取りが始まらない。ロックが掛けられている。サイバー課の男の額も熱を帯びだす。

 

 蛇黒の右足が吹っ飛ばされる。爆撃だ。薬師があの弾丸内の火薬からそれを作り出した。

 

 二瓶が男を急かす。

 

 薬師がついに蛇黒の脳に掛けられたパスコードを解読する。薬師はすぐに覚醒した蛇黒の能力の解析を始める。

 

 男の頭が閃く。

 

 薬師の鋭利な右腕が蛇黒の喉に掛かる。

「…終わりだな。もうお前に未練はない。お前の全てを知った。蛇黒」

「…ちょうど、四十分だな」

「!」

 蛇黒がニやりと笑う。

 

 ブッシュウアア!

 

 薬師がその顔面を破壊した。

「!?」

 薬師の脳が何か感じ取る。出処不明のHypoによる虹橋爆破の記録、そして薬師による研究所放火記録が世界中に発信されたのだ。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 薬師が蛇黒の身体を跡形が無くなる粉微塵に破壊する。

 

 

 数十分後。薬師はモノの数十分で永田町政府関係者の元へと急行した。

「どけ!上を出せ!!!」

 彼は警備の制止を振り切り、政府要人らに流出した情報は全て何者かの陰謀であり、根も葉もない嘘だと主張した。

 しかし、国の上層部らはそれに全く聞く耳を持たず、彼を汚物を見るような眼で眺め、彼を取り押さえるように警備に伝える。

「貴様ら!誰がこれまでこの国を護って来たと思っている!」

 上層部を護るように並んだ警官らは彼に銃を向ける。

「薬師博士。詳しくは然るべきところの判断を仰いでください」

 薬師に自首の姿勢が見られないとみるや、警官らは合図により薬師の確保に乗り出した。

 ブァッスイン!

 薬師はそれらの頭を一斉に爆砕した。政府上層部らはそれを見て文字通り腰を抜かした。  

 薬師は半分以上聞き取れぬ怒号を遺し、その場から消え失せた。すぐに薬師は最悪のテロリストとして全世界で指名手配された。

 

 蛇黒の被った濡れ衣も、誰が謝罪するわけでもなくいつの日か自然と風化された。それから、何者かによる犯罪者への私刑はぴったりと止んだ。

 

 夏焼、浅海、二瓶らの長い戦いは終わったのか。蛇黒は今どこで何をしているのか。自分はこのあとどうするのか。夏焼は黒い車が目の前を走り去る度にそれを考えた。

 数日後。秩父山地の竹林の真ん中には何者かによって美しい花と、一本の魚肉ソーセージが供えられたという。