第27章 -決死行編-

第27章

 

Ⅰ 9月30日 

 

 植物が人間により鞘師山から退けられた。しかし人間の軍備は依然ダム周辺に設置され続けている。

 落ち着かない日々。ドラセナはもうここにはいない。ドラセナはもう我々の知っているドラセナではなくなってしまったのか。

 戦いの一部始終を見届けた猿長老は語った。黄金の光に包まれたドラセナの姿はまさに救世主であったと。

 人間の勝利。人間の一強状態が続く。あるいは植物の逆襲。世界が原始の姿に還る。どちらにせよ、猿らにはあまり変化のない話である。

 

 

 梅屋は自身の携帯電話に入った急報を眼にし、言及された都内病院に向かった。 

牡丹の時と似た感覚を覚えたが、そこにいたリンドウはあの時の牡丹の両親のそれとはまるで違った。

 この前の言い争いがあった手前、リンドウに話しかけるのが多少憚れたが、梅屋は彼に問いかけた。

「リリーさんの様態は?」

「…最悪さ」

 あまりにも気まずい雰囲気の漂う巨大病院内一階のベンチ。同じフロアなのかより上なのかは定かではないが、今も尚リリーが医師たちにより懸命な救護活動を受けている。

「…これでも戦わないってのか?」

「それは…」

「お前がいくら戦わねーって言っても奴らはオレたちを狙ってる。大聖木の力を得たからだ。やつらからしためでたく場所もわかるようになったてか?それでもお前はただでやられるってのか」

 リンドウは静かに怒っていた。理由は先述の彼の言葉の通りである。彼は梅屋の不戦宣言の薄っぺらさ、再現性のなさに憤怒した。

「…タバコ吸ってくる」

 リンドウは柱に備え付けられたフロアの地図を見て、院内に喫煙室がないことを悟ると正面出入り口を潜った。梅屋は少し俯いた後、リンドウの後に続いた。

 

「…なんだよ」

 そう遠くないところにて喫煙所を見つけたリンドウはタバコに火をつけ、ライターをタバコの紙箱にしまったリンドウが梅屋に漏らした。

「このまま不和のままだとよくないと思いまして」

「いいか!いい加減目を覚ませ!お前は植物じゃない。人間なんだよ」

「でもどっちも同じ生き物です!」

 その時、二人はお互いの理解しがたい主張にではなく、背後のから感じた灼熱の殺意にお互いを見つめ合ったまま黙りこくった。

 二人は同時に殺意のする方へと顔を向ける。そこにはとてつもないオーラと紅蓮のコートを肩にかける植物体がこちらを睨んでいた。

 すぐに戦闘になる、リンドウは臨戦態勢に体を仕向ける。梅屋もそれを感じたがリンドウに対して自分が発した言葉が足枷となり戦闘態勢には入れなかった。

「…大聖木様の御力を宿した人間だな?」

「だったらなんだ」

「もし、君たちが私に勝ったらドラクロワカーネーション総帥にこう伝えてくれ。『あなたに仕えれて幸せだった』、と」

「あ?」

 想像もしていなかった植物体の言葉に二人は言葉を失った。いきなり自らの敗北を前提に話しかけてくるとは。

「君たちは何か誰かに伝えておくことはあるか?」

「あ?」

「死んでからじゃ恩人に感謝の一つも伝えられないだろう?」 

 二人がその言葉への返答を怠っていると植物体は右拳を強く握りしめた。

「なければゆくぞ!」

 植物体の握りしめた右拳を取り巻く空気が次第に歪み始める。それが高熱によるものだと二人はすぐに察した。二人はその光景に見覚えがあった。

 あの時。初めて二人が出会ったあの日。あの時も謎の物体の右腕が熱で空気を歪めていた。

 

「ウロォアアアアアアアアアアア!」

 

「!!」

 青白く纏われた赤い灼熱の炎が唸りをあげ植物体の右腕から放射した。こちらに向かってくる炎はまるで虎のように牙を剥いて駆けてくる。

 リンドウが右に避けようと目線を動かしたその瞳の端、全く回避の準備を整えていない梅屋の姿が映り込んだ。リンドウは急遽左足にプレッシャーをかけ、梅屋の身体を掴んで飛び転がった。 

「バカヤロウ!テメーはマジで死ぬ気…

 唖然と見つめる一点。広がる地獄のような光景。

「なんだこれは」

 喫煙所は炭となり、辺りの鉄筋は溶かされ、もはや跡形もなく。

 ドッゴン!!

「!?」

 リンドウの身体が、植物体の重すぎる殴打によって吹き飛ばされる。

 一撃はどの物体、どの植物体のパンチよりも重い。この植物体は特殊能力にかまけた者ではない。それを抜きにしても圧倒的に強い。

「リンドウさん!」

 植物体はもう梅屋に狙いを定めている。

 拳が梅屋の顔面に当たるか当たらないか。その瞬間。

「あの!ちょっといいですか!」

 植物体の拳がピタリと止まる。

「なんだ。どうした!」

 植物体は意外にも梅屋の話に聞く耳を持った。

「あの世に行く前に勇敢なる貴方様の御名前を伺いたいのですが…!」

「そうか!まずは名乗るべきだったな!これは失敬だった!」

 植物体はそう言うと、膝を下ろし梅屋の前に胡坐をかいた。

「私の名前はカランコエ堅苦しい役職をつけて言うならば、花陽隊第二団隊副長…いや先日隊長に昇格したのだった!私の上官のブーゲンビアリア様が一団に昇格してな。いやはや実に誇らしい…」

「わ、私は梅屋芍薬と申します。役職をつけるならば都立芽実高等学校生物学教諭二年B組担任の梅屋芍薬です!」

「そうか梅屋さん。すまなかった。私の不手際でお手を煩わしてしまった。では、戦いの続きを始めよう!」

「ちょ、ちょ!あの!もう二三聞きたいことが!」

「お、なんだ?私でよければ何でも聞いてくれ」

 梅屋はこのカランコエという植物体が本当に底が知れないほど純粋な性格の持ち主なのか、あるいはいつでも殺せるこちらをおちょくっているのか、疑念を抱きながらも、次の延命措置となる質問を捻りだした。

「あ、ドラクロワカーネーション総帥についてなんですけど!」

「お、総帥についてか?うむ。あの方はとても慈愛溢れる素晴らしいお方だ」

「…そうでしょう!ですから部下のカランコエさんもこんなに素晴らしい軍人であられるわけですね!」

「貴様、見る目があるな!」

 梅屋の延命措置は続いた。カランコエは信じられないほど無垢にそれに付き合った。

「何故カランコエさんは他の植物と異なり剣術を使わないのですか?」

「うむ、私は元々頭も悪く加えて剣術もできない。まさに志だけの落ちこぼれだった。しかし、当時の上官だったカーネーション総帥は私を見捨てず、私に助言を下さったのだ。私は総帥の為に、あるいはアルプローラの為に、と必死に己を磨いた。すると大聖木様の御力か、私のような出来損ないが、火炎の能力を開花させたのだ」

「開花っつーのは誰でもできるのか?」

 リンドウが鳩尾を抑えカランコエに問うた。

 リンドウは焦っていた。あの時、梅屋は開花していたように見えた。ひまわりも、言わずもがなドラセナも。

 チーム結成当初、チームの最強と言えば今と変わらずドラセナで満場一致であったが、そのナンバーツーと言えば、それはおそらくリンドウだったはずだ。

 しかしぶっちぎり最下位だと思われていたひまわりが能力を開花。彼女は突如ドラセナとのトップ争いに名乗りを上げた。

 さらに戦闘のプロであるリリーの加入や梅屋の開花。リンドウの序列はもはや下に女子高生の牡丹を残すのみとなっていた。

「誰でも…というわk

 時代とは。小説のように急激に章変わりするものだろうか。歴史の教科書を一ページめくれば時の指導者は数代先まで飛び移り、王政は民主主義となる。

 しかしながらその時代に実際生活していた人間が、そのような明確な『時代の変換点』を感じながら生きた、ということは決してなかっただろう。

 時代はじわりじわりと人間にそれを悟られぬように、その姿を変えていくのだ。定石では。

 カランコエが能力の開花について自らの見解を述べようとしたその時、三人を大きな影が覆った。

 雲にしては厚すぎるだろう。日差しのほとんどを遮った何か。確認するため、三人は目線をあげる。

「なんだあれは…」

 太陽と三人の間。巨大な…ロボットと言うべきか。あるいはもっと簡単に言えば、あの謎の物体をより大きくしたそれ。そこに佇んでいる。

「あれは、植物界の…ですか?」

 梅屋が、そうではないと理解しながらもカランコエに問うた。

「残念ながら、違う…」

 三人は首、そろそろいわされるぞという頃合い、突如イヤな機械音が巨大物体が唸りだした。

 巨大物体の腹部が開き、中からは背の丈彼らと同じくらいの、また新たな物体が地上にひらりと降り立った。

 

ユーストマ…」

 

 カランコエがその名を零す。梅屋らからみても、その姿は植物体のそれであった。

 中から植物体が出てきた。ならばあの物体も植物界のものだと考えるのが合理的であろう。しかしながら、先ほどのカランコエの表情、そして現在のソレ、どちらをとっても、彼自身が最も、中から同胞が姿を現したことに動揺している様だった。

 カランコエユーストマと呼んだその生命体、彼が戦場に常に携帯する『毒蕾砲』をカランコエに向ける。

 

「避けろ!」

 

 カランコエが叫ぶ。次の瞬間。激しい発射音とともに弾頭が射出され、それは煙を上げ一直線に三人へと向かってきた。

 カランコエは判断の遅れたリンドウと梅屋の身体を抱え、右方へ飛び込んだ。

 

 ドゴーーーーン!!

 後方へ反れた弾頭はビルの壁で爆裂し、その壁に大きな穴をあけた。

 三人が再び正面に顔を向ける。ユーストマは次の弾頭を装填し終えている。

 逃げきれない。そう考えた時にはもう。

カランコエさん!」

 

 バジーーーーーーン!

 

「…」

「!?」

 爆音。爆炎。まっすぐに伸ばしたカランコエの右腕。肩までが真っ黒に焼け焦げている。

 あろうことかカランコエはビルをも破壊する弾頭を片手一本で受け止めた。その場を一歩も退かずに。

 強すぎる。カランコエも、それと対峙するあの植物体も。

「梅屋!今のうちに逃げるぞ!」

 リンドウは戸惑う梅屋を連れて仁王に立ち同胞を睨むカランコエのから逃げ去った。

 カランコエに襲撃を受けたのがまるで昨日一昨日のように遠く感じた。

 

 Ⅱ 10月1日

 

 翌日。植物要塞。カーネーションの御前に立つ黒焦げのカランコエ。何食わぬ顔。

 カランコエはこの日、カーネーションのいかなる質問にも「記憶がない」と答えた。

 カーネーションは五体が無事ならばとそれ以上を問いたださなかった。が、爆傷を負わされたカランコエ、そして未だ帰らぬユーストマ。彼にのしかかる大いなる心労の種は升ばかりである。

 しかしながら状況を好転し得る出来事もある。本国より騎士隊隊長ファレノプシスが前線に加勢したのだ。

 ファレノプシスは戦果に飢えているようだ。ファレノプシスは暴徒放出の責任を取る必要があるとカーネーションに懇願した。確かに人類との前線はそれを果たすためにはもってこいの『危険地域』である。

 ただそれは建前に思える。彼の本音はおそらく戦果を挙げ、現在の花陽隊一強状態を打破したいというところだろう。ファレノプシスの瞳の中ですでに反旗が翻っているようにも見える。

 ただ前線も前線で戦力の枯渇は著しい。つまりこれはファレノプシスの意思とカーネーションの思惑が珍しく合致しての決定だったということが言える。

 普段は決して混ざり合わぬ犬猿の二者。彼らがすれ違うだけで要塞内には嫌な緊張感が走った。

 

 Ⅲ 10月2日

 

 屈辱とはこういうことを言うのか。

 

これまでに味わったあれらは屈辱でも何でもなかった。これこそが屈辱。

 明朝、花陽隊要塞の前にポトリと置かれていたのはユーストマの首だった。

「手厚く弔ってやれ」

 カーネーションは冷静な仮面の下から、火山のような憤怒を隠しきれていなかった。

 

 側近が冷たくなった首を高価な布で包む。その時。

「その頭を地下牢のクラステルに読み取らせてみればどうだ」

 部屋の隅でファレノプシスが言った。

 悔しいがそれはこの状況の模範解答だ。彼らは指令室を立ち、要塞地下に設けられた収容所へと下った。 

 

 

「あー!えーっとねー。痛そうな名前だったんだよなあ。なんだっけなあ」

 女は図書館から出てきたサンダーソニアの顔を見るや、難しそうに腕を組んだ。

 とても長い時間が過ぎた。と思っていたが、どうやらそれは誤解らしい。奥に見える時計の針は、図書館の退館時間午後六時からたったの七分しか経過していない。

 サンダーソニアはそんなことでも考えながら、いきなりつっかかってきたこの女が出そうとしてる何かしらの回答をしばらく待った。

 やがて女はもう一度こちらを見て、ついに口を開いた。

「あのーお名前何でしたっけ??」

 よくもこんなしょうもないことにこれだけの時間を惜しみなく使えたものだなとサンダーソニアは感心した。

 第一この女に見覚えはないし名乗った覚えもない。サンダーソニアは自らの素性をべらべらと語るのを嫌ったが、この女に限ってはとっとと名乗って帰ってしまおうと、自らの名を名乗ることにした。

「サンダーソニア」

「そうだ!サンダーソニアさんだ!痛そうな名前だあ!」

 不覚にも。不覚にもサンダーソニアはこの女の笑顔に引き込まれた。頭の中から今日覚えた漢字がふわふわと消えていった。

「…会ったことあったか?」

「ないよ!でも前に見たよ!なんかねえ女の子に信号で怒られてた!あはは!」

 こっちの世界にはこんな生き物がいるのか。この靨の前では全てがどうでもよくなりそうだ。

「御取込み中失礼!…同胞か。花陽隊ではないな。貴様ならず者の暴徒か」

 サンダーソニアを呼び戻す、戦闘潮流の声色。

「…」

「まあいい。私は勅令によりその人間を仕留めなければならない。そこをどくんだ」

 出兵経歴のあるサンダーソニアはこの植物体が羽織る紅蓮のコートの意味を知っていた。この植物体、花陽隊幹部クラスの戦士。

 サンダーソニアは面倒くさいことに巻き込まれるのはごめんだった。彼は何も言わずその場を離れた。

「達者で。同胞よ。さてお嬢さん。もし私があなたに敗れたら要塞におられるドラクロワカーネーション総帥にこう伝えて頂きたい。『あなたに仕えれて幸せだった』と」

「うん。わかったよ!」

「お嬢さんは誰かに遺す言葉はあるか?責任をもってお預かりする」

「えー!そうだなあ。誰にしようかなあ。やっぱり雛ちゃんかなあ。薊と紫苑よりは雛ちゃんだよなあ。あ、でもお母さんにも色々伝えなきゃなあ。あーでもボタちゃんにもいっぱい助けてもらったしなあ。あ!社長もいたよお」

「うむ。全て聞くぞ!恩深い素晴らしいお嬢さんだ!」

 ひまわりは一通りの感謝を数分間述べた。植物体はそれを繰り返し口に出して覚えた。

「何かに書けば?」

「そうか!賢いな!」

「これ使っていーよー」

「すまぬ!助かる」

 植物体はひまわりから薬局のレシートを受け取ると、それにひまわりの遺言を丁寧に、一言一句メモを取っていき、不明瞭なところは聞き直したりもした。

「よかった!これで全部伝えれたね!」

「そうだな!清々しいな!では行くぞ!!」

 植物体は右拳を握り締め、その腕を強烈に発熱させた。

「ウロァアアアアアアアアアア!」

 激しい咆哮とともに灼熱の火炎がひまわりに迫る。

 

 ドッギャバギバギバギィィィィン!!!ドッガォオオオオオオオオオン!

 

 火炎は空中で何かとぶつかった。火球は爆音を轟かせ辺り一面を焼け野原にした。

 爆炎が晴れる、女の前には先ほどの植物体が仁王に立っていた。両者とも無傷にて。

「貴様」

「…」

「そこをどいてくれ」

「断る」

「それは困る。オレはどんなことがあっても同胞には手をあげないと決めている」

「じゃあ今日は諦めろよ」

「それも困る。任務は遂行せねばならない」

「じゃあオレを倒せばいいだろう」

「できぬ!オレは同胞には手を出さん!」

「じゃあ諦めろって」

「できぬ!任務は遂行せねばならん!」

「じゃあオレを倒せ」

「できぬ!オレは同胞には手を出さん!」

 頑固な二人の問答は小一時間続いた。

「ねーもう帰るよー」

 ひまわりが退屈そうに二体の植物に投げかけた。

「じゃあまたねーサンダーさんと…何さん?」

カランコエだ!」

「バイバイカランチョエさん!」

「いや待て!」

 カランコエがひまわりを仕留める為再び拳に熱を込める。サンダーソニアもそれを見て腕に電撃を貯める。

「…貴様その雷。蝶蜂戦の時の」

「…」

ダンデライオン副長を討ったのは貴様だな」

「だったらオレと」

「オレは同胞には手を出さないんだ!」

「じゃああの人間は諦めな」

「できぬ!」

「じゃあオレと戦え!」

「できぬ!」

 二人の問答は朝まで続いた。二人の問答が終わった頃にはひまわりはすでに眠りから目覚めせっせと畑へ向かっていた。

 

「やっぱみんな仲良しなんだなあ」

 ひまわりは昨日の二体の植物体のやり取りを思い出してほっこりした。

 

 

 格子で閉ざされた二畳ほどの空間に囚われた一体の植物。カーネーションはそれに自ら声を掛けた。

「この首の記憶を読み取ってほしいんだ。クラステル・アマリリス

 側近が丁重に包まれたユーストマの頭部をクラステルの眼前に晒した。

「…こいつは?」

「四団隊隊長ユーストマだ。お前のイカれた癖にはもってこいの大物だろう」

 クラステル・アマリリスの能力、それは『死者の記憶を読み取る』能力。彼はこの能力により、息絶えた者の頭に手を翳すことでその者の人生を閲覧することが可能となった。

 異常快楽殺人者であるクラステルは、狙いを定めた者を殺す前に十二分に甚振り苛めつける。そして殺した後に死体の記憶を読み取り、自分の拷問に恐怖し嘆く姿に再び興奮を覚える。まさにアルプローラが生んだ史上最悪の生物である。

「なんで御大が私にそんな?」

「いつどこでどのように、そして誰に彼は敗北したのか、その詳細を貴様に読み取ってもらいたい」

「…見返りは!ここから出せ!読み取ったらここから出してくれるか!?何でも命令聞くから!」

 光合成と土中成分を主な栄養源とする植物にとって地下牢での生活は劣悪であり、クラステルは見違えるほどに痩せ細っていた。おまけに身体には人間の茨が依然巻き付いる。

 彼は心身ともに疲弊し、以前のような取り繕った礼儀の良さはすっかりメッキが剥がれてしまったようだ。

「うむ…いいだろう。ではこちらの要求を遂行した際には、貴様をアルプローラへ解放してやる。衣食住付きで国賓級に手厚く迎えさせよう」

「へっへへ!!約束だぞ!」

「ああ約束だ。ただ、虚偽の報告をひとつでもしてみろ。ただの拷問じゃ済まさない。お前が思いつかなかったような拷問を死ぬまで続ける」

「嘘なんかつかないさ!さあその頭をこちらに寄越せ!」 

 側近がユーストマの頭を鉄格子の前に差し出すと、クラステルはそれに乱暴に手を置いた。

 その所作は無礼極まりなかった。しかしカーネーション咎めはしなかった。

「さあ、見えたもの全て正直に」

「ふーそうだなあ。お花畑と言ったところか。ゴキブリのように茶黒い花がたくさん咲いてい

 ザグ

「ぎゃあああああああ」

 カトレアの鋭い刃がクラステルの左足小指を切り落とし、地下牢内にはクラステルの汚い悲鳴が反響した。

「嘘はつくなと言ったはずだ」

 カーネーションがクラステルの頭を掴み、握りつぶすほどに力を入れて忠告した。

「斬る指がなくなってもそれを何度でも再生させ、地獄は永久に続くぞ」

 カーネーションの左カトレア。つまり彼の指は切られても切られても無限に修復され、拷問は真実を言うまで終わることがない。

 

 明け方まで続いた尋問という名の拷問により、ユーストマに起きたであろう事象の実態が徐々に明らかとなった。

 クラステルは憔悴しきったその口で、ユーストマが要塞を出てから死の瞬間までを詳細に再現した。

 ユーストマはあの日、カーネーションからの特命を受け大聖木の力を宿した人間の抹殺に出た。

 数時間後、さっそくユーストマは一人の人間の青年をそれだと特定し、彼らはすぐに戦闘状態に落ちた。

 青年はあまりにも強かった。純粋な個体としての強さに加え、自身の開花能力と大聖木の黄金の力。ユーストマも最初は苦戦したもののそこは流石にカーネーションの信頼を勝ち取った団隊長の一人。ユーストマも全く青年に引けを取らなかった。

 青年はユーストマの毒撃に苦しんだ。ユーストマの毒は神経毒である。人間や植物体を死に至らしめるほどの猛毒ではないにしても、敵を麻痺させる彼の毒劇は戦場において勝負を有利に進める有効な特殊能力である。

 ユーストマはこの毒を小型ミサイル『毒蕾砲』の弾頭に注入し使用する。弾頭は敵前線で爆散し、敵の懐に毒を撒き散らす。奇襲、初手、劣勢。あらゆる場面に効果的な飛び道具である。

 しかし青年の身体はすぐにその免疫をつくり出した。圧倒的生命力。間違いなく人間を超越した存在。戦いはついに肉弾戦となった。

 肉弾戦では青年に分があった。ユーストマはついに青年に敗れ、青年は彼の視界から消えていった。

 クラステルの証言はここで終わらなかった。ユーストマは毒を自らに盛ることで自身を仮死状態にしていた。それにより野性的な青年に物理的なトドメを刺させなかったのだ。

 体内で自ら解毒し、瀕死の状態で蘇ったユーストマはが再び立ち上がろとしたその時、彼は背後に巨大な気配を感じ取った。

 クラステルの透視はここで途切れ、彼の命がここで終わったことを示した。

 謎の巨大な気配…。そのビジョンはクラステスのみ見えており、彼らはそれをクラステルの拙い語彙力で紡がれた説明に寄り想像する外なかった。

 カーネーションは部下に持たせていた軍服を羽織り、地上への階段に足を掛けた。

「おい!!待てよ!!ここから出せよ!約束だろ!!」

「ああ。何でも命令を聞くんだろ?じゃあ命令だ。お前はそこで腐り晒せ」

「ふざけるなああああああ」

 植物要塞地下牢に汚らしい悲鳴が響き渡る。その声は近くを走る地下鉄車内でも聞こえてきたという。

 

 クラステルを嗜めるファレノプシスをおいてカーネーションらは指令室に戻った。

 一向に好転しない状況にカーネーションは額に血管を浮かばせた。