第23章 -再生編-

第23章 

 

Ⅰ 8月18日② 

 

「Fuck!!」

 放たれる下品極まりない言動。嗜好するは酒。タバコ。ギャンブル。女。加えて足クサ。謎の関西弁。そして上記の要素を全て中和してしまうほどの美しい顔。リリーエーデッルワイスとは実にユニークな存在である。

 ジープに貼られた駐車禁止の張り紙。リリーはそれを丸めて捨てた。下品極まりない言葉と共に。

 ジープは曲がりくねった峠道を猛スピードで下るひまわりはすでに十三回頭を打っている。

「これだけ頭うったら頭良くなるかなあ」

「ナルンチャウ?チョト寄リ道シテエエカ」

「いいよー」

 幽かではあったが下山中に聴こえてきたあの音。明らかな銃声。リリーはダム方面へとハンドルを回す。

 

「Oh...」

 真二つに斬られたパトカー。それに正気を抜き取られたドラセナの弟。確か名前はナツメ。そして辺りには警察と植物の死体がそれぞれ三体ずつ。

 まさかこいつが?ドラセナの弟、才能があっても不思議ではない。

 …いや。これにその力はない。普通に考えろ。すぐそこにあるのは鞘師山だ。彼しかいない。

「コレハ誰ガヤッタンヤ」

 リリーが確信を持ちながらも棗に問う。

「わ私の…いや。わかりません」

「ソウカ」

 兄がこれらを殺したと言えばまたメディアの槍玉。仮定通りの返答。ドラセナで決まり。

 リリーはそれ以上小突かず、ダム管理棟の調査を始めた。

「(チームで行動していた。つまりこれらは暴徒植物ではなく軍隊植物)」

「(だとすればどうやってあの囲まれた要塞からここに辿り着いた?)」

「(そしてなぜ、やつらはこんなところをうろつく必要があった?)」

 リリーはあれこれ考えながら荒らされた管理棟を数枚写真に収め、本部への報告とした。

 

 ジープに待たせていたひまわりと棗、そして一体の植物体遺体を乗せ車を走らせる。

 棗は我々があの山にいたことを知らない。あの惨状を詳しく聴取したいが。まあ後は警察らに任せよう。リリーはひまわりと棗を都内に降ろし基地に帰った。

 基地につくやリリーは上官にダムの現場報告と植物体の遺体を提出した。

 上官の顔が強く引き締まりまずは彼女の功を労う。報告を終えたリリーは惚れ惚れするほど美しい敬礼を添え、上官室をあとにした。

 上官はリリーの報告をすぐに自衛隊と共有。ダムに軍備を配置した。

 植物達の企みの全貌は掴めない。が、植物達が要塞から我々の知らないルートで自由に移動できているとすれば、それはいささか恐怖である。

 

 夜、派遣された小隊が当該ダムに到着する。そこにはすでに謎の物体が数個体配置されていた。

 謎の物体は要塞前での戦闘においてもこちらの味方と捉えて問題ない動きを見せている。しかしながら未だその存在の詳細は判明していない。信用しないように、というのが軍共有の認識である。

 普段通りの夜ならばダム周辺は深淵なる闇に包まれる。が、今夜は軍の設営した強力なライトによりそれはまるでナイターを行う野球場のように闇夜にポツンと輝いた。その灯りを猿山の猿達は物珍しそうに見ていた。

 

 諸々の任務を終え自室に戻ったリリーは倒れるようにベッドに仰向けになり、天井を見上げた。天井にはサンタバーバラの海岸の写真が貼ってある。

 あの植物体三体を倒したのはドラセナだ。強靭な植物戦士を三体も。たった一人で。しかしそのドラセナを瀕死にさせるほどの植物体もこちらにはきている。

 その個体が出てきたら自分達はこんな銃でまともに戦えるのか。いや、無理だろう。リリーは部屋に立て掛けられている自動小銃を見る。

 また天井を見上げる。天井にはサンタバーバラの海岸。波の音は聞こえてこない。

 

 Ⅱ 8月20日

 

 ピロピーロピーピロピーロピー。

 リリーのブカブカカーゴパンツのポケットから日本では聴き馴染みのない着信音が鳴り響いた。リリーが態勢を変え鳴りやまないポケットの中の電話を取り出し、それに応答した。

「Hallo?」

「あ、リリさん。私。牡丹です」

「Oh!牡丹チャン。ドナイシタンヤ」

「あのね…」

 牡丹からの用件は非常にセンシティブなものだった。牡丹によればこれから『花粉症』が始まるらしい。そしてそれが人類の終わりを表すのだと彼女は言った。

「これってどうにかなんないのかな?」

「…ドウニカセナアカンナ。オオキニ。皆ニ伝エテオクヤデ」

 牡丹との通話を切ったリリーはベットから起き上がり洗面所のぬるま湯で顔を洗う。

 排水溝に渦巻く水流。女のうめき声のように音を鳴らして吸い込まれていく。股に挟んだベージュのタオルで顔を拭く。『花粉症』か。嫌だなあ。

 

 正午。降ってないとは決して言えないが傘をさすほどではない。そう思っていると突然雨脚が強まり時に雷鳴を轟かせる。人をおちょくるような灰色の空の下、要塞前に集結した軍人たちは、今日もまた植物達との交戦を始めた。

 リリーはビル屋上からスコープで要塞を覗く。どこまでも続くグレーの天井の下。

 六月のあの日も同じような雲が天井を覆っていた。謎の唐傘ガスマスクと過ごしたあの日。その数日後虹橋が崩された。…今思えばあの怪しすぎる風貌。植物と言われればそうも思える。もしかすると唐傘は虹橋を落とすために下見に来ていたのかもしれない。あるいはすでにソレを済ませ爆弾でもをとりつけていたのか。

 虹橋の爆破について植物界はそれを否定しているが、世論では彼らが進軍の為の陽動としてそれを行ったとする説が支配的だ。

 しかし何でわざわざ虹橋を。あれほどの爆破を起こせるなら国会でも首相官邸でも吹っ飛ばせばいいのに。現に彼らは刀一つで官邸に乗り込んでみせた。爆弾の設置なんて朝飯前なはずだ。

 …そう考えるとやはり陽動という説はおかしい。彼らは敵の中枢にたった三人で乗り込むような自身に満ち溢れた戦士達。それにこの戦いにおいても彼らは終始騎士道を貫いている。暴徒植物に対しても総帥が首相に即時遺憾を示した。そんな彼らが自身から目を逸らすような陽動などする理由がない。

 じゃあ虹橋の爆破は誰が。何のために。

 いや。むしろその騎士道自体がブラフという可能性。いくら騎士道があるからと言って滅びゆく種族の命運を懸けている状況でこんなちまちました戦いを普通は続けないだろう。彼らは自らの騎士道を必要以上に人間に誇示し、植え付けているのではないか。

 すると彼らは何か大殺戮の切り札を隠し持っていると考えるのが妥当。ダムを使って?。単純に考えれば決壊。だがたった一杯の水攻め程度で堕ちる街ではない。そんなことは彼らもわかっているはず。

 思考が煮詰まったリリーは自然と天を見上げた。グレーの天井は本当に、際限なく、どこまでも。

 

「『花粉症』だ…」

 毒ガスか何か。空から撒き散らす。雲中に薬品を散布するのに最も適しているもの。飛行艇。煙突…煙突。湾岸のゴミ処理施設の煙突。確かドデカイ煙突が聳え立ってた。そしてそこに通ずる唯一の手段。虹橋。だから落とした。

 騎士道もブラフ。ダムもブラフ。そして虹橋崩落こそが陽動に見せかけた最大のブラフ。

 煙突の占拠が本命。あり得る。今護るべきはここじゃない。湾岸地区。

 リリーは構えていたライフルを背負いビルを下った。騒ぎにならぬよう直属の上官であるノースポールにのみ無線を送り、至急基地に戻った。

 この任務は正直かなり危険だ。施設がすでに占拠されているとなれば、おそらくこれから衝突する敵は全員ひまわりやドラセナと同じように特殊能力を有した個体である可能性が高い。

 基地につきノースポールら幹部にリリーが概要を説明する。

 飛躍した考察であることは間違いない。しかし確かめに行く価値はある。幹部らはこの作戦を即時可決。ノースポールに今作戦のチーム編成を託した。

 指名された選りすぐりの兵士たち。ノースポールより作戦の内容を聴取する。

「我々の任務は金南清掃工場内の煙突の防衛及び奪還である。施設は現在虹橋爆破の影響を受け運搬不可とされ、都内のゴミは現在他所いくつかの処理場に運ばれるなど対応されており、当施設はほぼ停止状態であるとのことだ。すなわち当施設がすでに占拠されている可能性は十分にある。地点に到着後、煙突、以下A、が未だ敵の手に落ちていなかった場合、我々は今後当施設の防衛に努めることとなる。一方すでにAが敵により占拠されていた場合、我々はAを奪還し、順次防衛に移る。周知かと思うが敵は騎士道を掲げ一対一の勝負を仕掛けてくる。が、我々がそれに応じる必要はない。こちらの世界のやり方を見せてやれ。敵要塞前での戦闘で皆も何体か見たことはあると思うが敵は人知を超えた特殊能力を有している。個人交戦での目標撃破は不可能に近い。我々がこちらはできるだけチームで敵兵の殲滅に努めるように。十三分後。再集合。解散」

 各人は作戦遂行に必要な武装を補填する。あらゆる特殊能力に対応できるよう、彼らもあらゆる化学兵器を突撃用の水陸両用車に積み込んだ。

 

「よし行くぞ。鎌は持ったか!草刈りの時間だ!」

 水陸両用車が唸りと煙をあげて基地を出発した。

 

 基地を出て四十分強。煙突が彼らの目に入る。煙は出ていない。

 水陸両用車は施設への唯一の道であった海上の虹橋の軌跡を止まることなく進んだ。

「これよりAに向かう」 

 清掃工場横に乗りつけた水陸両用車から続々とノースポールらが下車する。チームはそれぞれ二手に分かれ施設への侵入を開始した。

 施設内。人影はなし。静寂。すでに敵の手中に落ちてしまったか。各員の額。汗が一線。

 音を立てぬよう廊下を歩く。銃身を持つ手。力が入る。足音。奥から。

 素早く影に隠れる。音の方。リリーの推測通り。植物体。我が物顔で闊歩。いるはずのない植物体。

 歴戦の軍人達。緊張感を保ちつつ。廊下の別れ道。植物体。彼らに気付かず直進。その瞬間。三人がかり。音を立てず、息の根を止めた。

 一息。

 避けられる戦闘はなるべく避ける。さらに内部へ。辿り着いた。煙突制御プラント。

 階下の制御コンピュータの前を覗く。人間が四、五人。彼らの生かして管理しておくことでこの施設に注目を浴びせぬ為にか。

 同様に植物体は五体。リリーは無線にて、「その中に唐傘を被った個体はいるか」と尋ねる。

 しかし答えはNO。リリーに一抹の不安がよぎる。

 

「!」

 

 無線に断末魔が響く。誰かがやられた。プラント前の植物体もその侵入の報に剣を抜く。気付かれた。彼らの指がトリガーにかかる。

「!!」

 またもや断末魔が響く。今度は無線と耳、双方から。近づいてきている。彼らは正反対の場所にいるはずだ。大人が走っても五分はかかる。まずは作戦の遂行。プラントの奪取。

「リリー状況は!」

「襲われてまーす。みんなバラバラですー」

 散開を強いられるチーム。リリーはからがら退散できたものの、Aからはかなり距離をとってしまった。

 熱反応はなかった。植物体の体温が人間より低いといってもサーマルに映らぬことなどなかった。そういう特殊な個体だったのか。音もなく何人かがやられてしまった。しかし対峙しているのは別に幽霊ではない。必ず姿をみせる。

 

「いったいどこから漏れたのでしょうか。至る所に流木が流れ着いていますね」

 

 リリーの無線に聞き覚えのある声が流れる。

「!」

 ノースポール達が一斉に声の方向に銃口を向ける。彼らの背後。まるで幽霊のように。

「唐傘…!」

 リリーが問うた唐傘を被った植物体だ。 

「イキシア!火炎放射器だ!」

「イエッ

 カチャ。

「!?」

 要塞前の攻防にて火炎がある程度植物体に有効ということは判明していた。しかし。この植物体の前では、それらは悉く不発に終わる。

カtyカチャカチャ

「イキシア!」

「放射できません!!!」

「強靭な植物といえど、燃え盛る山火事の前には無力です。それが雨天以外なら、ですが」

 サピーン!

「!!」

 植物体の右手人差し指から光線のような一筋の何かがイキシアの胸部を打ち抜く。

 ノースポールがイキシアを貫いた先の不自然な痕を見る。銃痕ではない。特殊能力。しかしそれが何かわからない。

「水流とは形のない鋼です。運命のように掴みがたく。運命のように固い」

「クソッタレ!みんな引け!身を隠すんだ!」

 ノースポールが煙幕弾を焚き、隊員らは各員煙幕に身を隠し一斉にそれぞれの遮蔽物に身を引く。

「水の流れは時に目となり耳となり。あなたたちの位置を正確に教えてくれます」

 スパーン!

「!!!」

 視界の少ない煙幕の中、右方から隊員の短い断末魔が聞こえる。ノースポールの足元には隊員の首がゴロリと転がって来た。

「!!クソッタレ!クソ雑草野郎!枯葉剤の風呂にぶち込んでやる!」

 スパーン!

「!?」

 ノースポールの自動小銃を持つ右腕が床に落ちた。ノースポールは戦慄した。落ちた自分の人差し指は確かにトリガーを引いている。しかし着弾音は鳴らなかった。

パラパラパラ…。

 前方で銃弾が地面に落とされる音。顔に滲む大量の汗が一滴、口元へと滴る。味がしない。これは汗じゃない、ただの湿気…!。そうか!こいつは『水分』を操る能力!火炎放射器はこいつの湿気によって湿気た!

 勝てない。強すぎる。人間では無理だ。作戦は失敗した。こいつが形容したように形のない鋼と化した水流は、時にバリアのように自身を護り、時にピストルのように敵を貫き、時に刀のように敵を切り裂く。控えめに評しても…こいつ一人でこの国を乗っ取れ得る!

 煙幕が晴れ、ノースポールの目の前に植物体の姿が露わになる。

 植物体が刀を振りかぶる。ノースポールは胸に十字架を切りと奇跡を祈る。植物体がノースポールの首目掛け刀を振り下ろしたその瞬間、ノースポールの胸元に付帯された無線が一人の声を通信した。

 

「オ久シブリヤナ。唐傘ハン」

 

 植物体の刀がノースポールの首皮一枚で止まった。ノースポールはここがすでに死後の世界だと思い込んだ。

「…その声はあの時のお嬢さん」

「セヤデ」

「あなたでしたか。通りで。私自身が色々と語り過ぎてしまっていた…という事のようですね。自戒せねばなりません」

 ノースポールはようやく自身が未だ存命であることを悟った。しかしリリーと植物体が冷静に会話をしているこの状況についてはさすがに理解に及ばなかった。

「さて。戦う理由は見つかりましたか?」

「理由ナンテナカッタデ。ココハ故郷デモ祖国デモ何デモナイ。ドウナロウト実際ドッチデモエエ」

「では何故その銃を向けますか。この分厚い壁を撃ち抜けるわけでもないのに」

「コレガワシノ仕事ヤネンナ。タダノ仕事。先生、コーヒ屋サン、車屋サン。一緒ネ。ワシノ仕事ハ戦争ナンヤ」

「なるほど」

「ソコニ感情ガアレバジブンヲ殺サヘンヨ。ジブンハモウツレヤンカ。デモジブン虹橋ヲ落トシテモータ。ソレニココヲ占拠シヨウトシテル。仕事ヤカラネ。悲シイケド殺スデ」

「こんなに嬉しいお言葉、久方ぶりに頂戴しましたよ。…しかし虹橋。あれは我々ではありません」

「マタマター」

「考えてもみてください。わざわざここが注目されるようなことをすると思いますか?あの橋を爆破すればせっかく隠密に占拠しようとしていたこの場所を勘づかれてしまう。あなたのような鋭いお方には特に」

「ナルホド。タシカニ

「しかしあなたがこの事実を上官にお伝えすることは残念ながら叶いません。私もあなたを殺さねばなりませんから。…そう言えば名乗っていませんでしたね。私はアルプローラ花陽隊ファルサメリヤンコ副長ハイドランジア。あなたは」

「リリーエーデルワイス少尉。タダノ人間ダヨ」

 『水流のハイドランジア』。彼のアルプローラでの通称である。

 彼は右指先から自在に『水』を発生させることができる。発生させた水を圧縮して放出した際の水圧は凄まじく、強靭な繊維を何層にも重ねる植物体の胴体でさえ真っ二つに千切ることができる。

 豪雨が止め処なくに降り注ぐ湿地帯で生まれ育ったことを事由にこの能力を開花させた彼はアルプローラを代表する特殊工作戦士の一人である。

 彼の能力は正確には大気中あるいは体内中の水素原子と酸素原子から『水分子を生成できる』能力であり、この施設を取り巻く霧も彼が発生させたものである。

「さあリリーさん。私は今から目の前のこの男性の首を斬ります。それが私と彼の運命。さてあなたはそこからこの運命に介入できますか?」

「心配ゴ無用ヤデ」

「いずれあなたも殺しに行きます!」

 

 ギャッギュィーン!

 

「!!」

 ハイドランジアがノースポールの首目掛けて刀を振り下ろしたその瞬間。激しい金属音が鳴り響く。結果を言えば。弾き飛ばされたのはハイドランジアの刀。

「ま、まさか!そんなところからこの分厚い壁をうt

 ハイドランジアが銃弾が飛んできたであろう方向を見る。その壁には針の穴一つも開いてはいなかった。

 スパーーン!

「!!」

 リリーの弾丸は次にハイドランジアの右手を打ち抜いた。リリーは壁の向こうにいるはずだ。しかし彼女には見えている。ハイドランジアの姿がはっきりと。

「…」

 ハイドランジアは弾け飛んだ自らの手を見て何かを悟ったようにノースポールの無線に顔を近づけた。

「…これも運命。まさかリリーさんが妖精に導かれた人間だったとは…」

 リリーの弾丸は分厚い壁をすり抜けハイドランジアを撃ち抜いた。正確に言えば弾丸自体は壁に弾かれたが、その弾丸に乗せたリリーの中に残存するジャミスンの力のみが壁をすり抜けハイドランジアに辿り着いた。

「しかし壁をすり抜ける弾丸とあなたがこちらを透視できる理由は似て非なる現象。何故こちらが見えるのでしょうか」

「教エルワケナイヤン」

「さすがですね…!あなたと私はつくづく会ってはいけなかった!」

「…」

 ハイドランジアはノースポールの身体を盾にするように背負い、リリーの射線を遮る。そしてプラント前に到着した人間軍の残りを狩りに、プラントを上階から覗けるガラス壁を破る。

「ウチモ。違ウ時代ニ出会イタカッタヨ」

「お前の負けだな。植物さんよ」 

「煽りはおやめなさ

 

 ビュキューーーン!

「!?」

 

「ハイドランジア。アナタタチガ強イノハ知ッテルデ。デモナ。ワシモ強インヤデ」

 リリーはノースポール諸共ハイドランジアを撃ち抜いた。弾丸はノースポール胸部の無線機を貫きハイドランジアの頭部を撃ち砕いた。

 そうか。無線機。あの無線機によって仲間の位置を互いに把握できた。確かに私は言った。「私の目の前の男の首を斬る」と。彼女は彼の無線機からそれを推測し、見えぬ私を見たのだ。何という感覚。それにしても上官諸共撃ち抜くとは。とんでもない猛者でした。私の魂もこの死を誉に思っております。

 ハイドランジアは死にゆく意識の中においてもアルプローラの戦士であり続けた。彼は敵であるリリーを讃え、美しく散った。

 サピン!サピン!サピーン!

 リリーはすでにハイドランジアを沈めてから一息もつかず残りの植物の殲滅を始めていた。

 プラント前に辿り着いた隊員らの死闘もあり、間近だった植物界による『花粉症』は食い止められた。

 

 リリーが全ての植物体の沈黙を確認し、その場にへたり込み息をついた。

 この日、リリーエーデルワイスは史上初めて開花済の植物体を撃破した人類となった。

 

「...」

 

 一筋の涙。彼女の頬を伝う。込められた思いは多く。

 彼女が戦う理由。軍人としての責務の全う。だからノースポール諸共。一切の躊躇もせず。それも彼の戦う理由。ハイドランジア。友人になり得た。私たちの戦う理由があった。

 これでよかったのだ。皆、責務を全うしたのだ。これで。

 リリーらが外に出ると雨は止んでいた。しかしリリーの視界は悪かった。まるで水中にいるかのように。くすんで。