第21章 -再生編-

第21章

 

Ⅰ 7月2日

 

 まだ梅雨の雨が世界をどんよりと煌めかせていた頃。都内の某大学病院に一人の青年が緊急搬送された。

 雷に撃たれたように身体をドス黒く爛れさせた瀕死状態の青年は、医師たちの懸命な応急救命により紙一重で一命を取り止めた。

 搬送された当初、青年は彼の身分を証明するものを何ひとつ所持していなかった。よってこの青年の身元の特定にはDNA検査が用いられた。が、それは図らずもかなりにセンシティブな結果を界隈にもたらした。

『苔石家』。この青年のDNAが導き出した答えである。苔石家といえば日本医療界を代表する由緒正しい家柄である。

 警察はすぐにこの少年の身元を苔石家の長男棗と特定するがそれはすぐに誤りであったと判明する。

 この青年が運ばれてきたのは二日ほど前。しかし棗はこうしてる今も家のリビングでメイドの淹れたルイボスティーを優雅に嗜んでいるというのだ。

 ではこの青年は誰なのか。病院警察両者はすぐに苔石を病院に招聘した。

 数時間後。病院に訪れた一人の女性は警察の事情聴取を受けた。

「苔石さん。あの男性に心当たりは?」

「…」

「おかしいんですよね。あの子のDNAは確かに苔石さんのお子さんであることを示しています」

「…」

「しかしいくら苔石家の出生記録を掘り出してみてもあの子の記録はありませんでした」

「…」

「どうでしょうか。棗くんが雷に撃たれて二つに別れててしまったのでしょうか」

「…」

 終始無言を貫いた女性は一時間弱の聴取を終え部屋を出た。女性が青年の顔を見ることは一度もなかった。苔石家は何かを隠蔽をしている。一目瞭然だが。

 

Ⅱ 8月17日

 

「青年が意識を取り戻しました!」

 搬送から約一か月半、苔石家の強固な隠蔽により未だにその名を明していない青年は、ついに死の淵から意識を復活させた。

 医師は一つの命が蘇ったことに。警察は絡まる謎がやっと解けるということに歓喜した。

 しかし歓びも束の間、彼らは青年のある異変に気が付いてしまう。

 落雷のショックによるものか、あるいは先天的なものなのか。彼は全く口の利けない聾唖であった。

 現場にあらゆる仮説が乱立する。そんな中、看護師が目を離した一瞬の隙、あろうことか青年は病院から脱走した。 

 

 

 午後十時を過ぎた頃。牡丹が仕事から帰宅すると、はだけた入院服から露わになった胸元に、尋常でない火傷跡を残したドラセナがひまわりの膝の上で意識を失っていた。

「…生きてんの?」

 素直な疑問が咄嗟に出た。うなずくひまわりを見て安心するのと同時に、やっぱり植物には全く歯が立たないのだということを改めて悟った。

「私たちの匂いを辿ってきたのかな」

 ひまわりは牡丹に玄関の前でドラセナが倒れていたことを説明した。

 この家に男が入っていることがバレたら終わるなー。この子いつも土足…っていうか裸足だったよなー。いやだなー。お風呂にぶち込んだらあのキズ沁みるかなー。などとひまわりの話半分に牡丹は血も涙もない事をあれこれ考えた。

「ドラくんってB型なんだねー」

 ひまわりがドラセナの腕に巻かれたタグを見て言った。

「これ名前じゃない?読めないけど」

 牡丹がひまわりの示したタグ。『苔石』という文言が記されている。牡丹の中に様々な憶測が広がったが、まずは上の漢字の読み方を調べた。

「ぼたちゃん、もう一人呼んでもいい?」

 「こいつはいったい何を言っているんだ」牡丹はそういう顔でひまわりを見た。それを断固拒否する牡丹。部屋のインターフォンは無情にもこんな夜だというのに鳴り響く。

「もう呼んじゃってた!」

 えへ。ひまわりは無邪気に言った。牡丹はひまわりを鬼の形相で睨み捨てインターフォンのモニターを覗く。するとそこには一人の美しい西洋人が立っていた。

「Hello」

 何故ひまわりにこんな知り合いがいる。どうせひまわりに聞いてもロクな答えは返って来ない。牡丹は仕方なくその女性を招き入れる。

 

「リリーエーデルワイスヤデ」

 ガラスのように細く透き通る声、ブロンドの髪、蒼い瞳、引き締まった体、ほどよい胸。牡丹は上京してたった五ヶ月のひまわりの恐るべき交友関係に戦慄した。

「リリさんはね、六人目なんだよ!」

 ひまわりの拙い説明とリリーのわかりやすい解説により、牡丹はこの女性が以前自分とひまわりを助けてくれた命の恩人だと知る。

 リリーは自分が軍人である事、白い妖精に導かれたこと、あの雨の日はそれどころではなかったことをヘンテコな日本語で語り、牡丹もそれと交換するように、自分たちが妖精に騙されていたこと、植物界が侵出してきたこと、妖精の力がなくなりもう戦えなくなったこと、あの時雨が冷たかったこと等を話した。

 それに加えて、そこに横になってるのが緑のやつで、猿山に暮らす男の子で、植物か何かとの戦いに負けたみたいで。と、なるべく簡単な日本語を選択しリリーに現状を伝えた。

 ひまわりも昨日の畑での出来事を二人に話そうと思ったが、話に割って入ることができずに諦めた。

 リリーは終始深刻な面持ちで牡丹の話を聞いた。三人の事情を大体把握したリリーは、明日の朝にドラセナを山へ届ける約束をとりきめた。

 牡丹がリリーはこのまま帰るのだろうと、スマートフォンで見送りの英語を検索する。

 と、彼女はあろうことかひまわりやドラセナと一緒に居間で眠り始めた。これが異文化か。牡丹は見せつけられた世界の広さにぐうの音も出なかった。

 

Ⅲ 8月18日

 

 翌朝。警察は遂に苔石家当主とその妻の任意同行を執り行った。同時に目撃情報と妻の証言を基に、彼らは都内最西方の鞘師山周辺の捜索を開始した。この捜索には『現時点での』長男である苔石棗も参加した。

 同刻。眼を覚ましたドラセナはひまわりの説明により行儀よくリリーの車に乗り込んだ。

 ひまわりも車に乗り込み、リリーは三人を玄関まで見送る牡丹の頬に軽いキスをした。

 三人を乗せたオリーブ色のジープは軽快に高速道路の風を切る。

 都内から二時間ほど西に行くと鞘師山連山にぶつかる。その中腹部は人も立ち入らず、原始の姿を現代に残し多種多様な動植物達が住処を形成している。

 サボテンらこの山のニホンザル達は、鞘師山の南壁部に集落を築き、ある程度の文明的な生活を送っている。

 彼らは言語を操り、外敵や困難を協力して乗り切り生活している。

 十数年前の大雨の日。一匹の若い猿が人里から近い麓付近で雨にうたれる独りの人間の幼児を発見した。

 自らの存在を知らせるための泣き声は、激しい雨音にかき消されていた。

 木陰から見るにその幼児の近辺に親の姿はなく、その子が捨てられた子なのだとすぐに察した。若い猿はこの幼児を集落に持ち帰った。

 ある日。一匹の乳母猿がこの幼児のある異変に気付く。どうやらこの幼児は耳が聞こえないようであると。

 そうなると彼を人里に戻したところで、彼が親元に辿り着蹴る可能性は限りなく低い。そのまま野垂れ死なせるくらいならと、猿達は幼児をこの集落で育てていくことを決めた。

 幼児は『ドラセナ』と名付けられ、他の猿達と同様に育てられた。

 ドラセナはやはり人間で、彼の身長は首長猿を追い抜き、すぐに集落一番の高身長となった。

 食べる量も桁違いで、彼の毎日の食糧を確保するためにも、猿たちはすぐに彼に狩猟を教えた。

 ドラセナは前述の通り聾唖であるが、神の補填というべきか、彼は狩猟の際、異常な能力を発揮した。

 彼は土中、あるいは樹木に巻き付く弦や蔦を自在に操る事が出来たのである。これは他の猿らが教えたものでは決してない。猿達の中には彼を神の使いだと崇める者も出てきた。

 聾唖の人間である彼にも猿の友達がたくさんいる。中でも同じ齢のサボテンとは非常にウマが合うらしく、彼らはいつも一緒に過ごしていた。

 さて、話を現代に進めたうえで時を五ヶ月ほど前に戻す。この頃よりドラセナは頻繁に山を下るようになった。

「妖精に導かれたらしい」

 サボテンは皆にそう説明したが、それは他の猿たちにとって心配を加速させるだけだった。

 それからすぐにドラセナの元に二人の人間が訪ねてくる。最終的にドラセナを連れて帰らずに山を下っては行ったが、この集落が人間に見つかったことは重大な問題である。

 集落の長老たちは集落移動の是非を議論したが、サボテンら若い猿らによれば、彼らに害はないとのことだった。

 いずれにせよこの集落を移動させるとなれば他の集落、他の動植物との争いは避けられない。猿たちは議論の末一旦はここに留まることを決めた。

 下界から帰ってくるたびに、どこかしらに怪我を負って帰ってくるドラセナを猿達は心配した。しかしながら彼の生命力は猿たちの考慮の範疇を優に超え、彼はまたすぐに下界へと下っていく。

 何が彼を突き動かすのか。そして一か月ほど前から、遂に彼は帰って来なくなった。

 そして今日。集落に以前やってきた人間の女と以前の男とはまた別の人間が酷く傷ついたドラセナを連れてやってきた。

 山の麓でひまわりらを出迎えたサボテンはドラセナの様態を気遣った。ひまわりが事態をサボテンに説明する。二人の会話が終わるよりも早く、ドラセナは集落へと登っていった。

 サボテンに見送られひまわりとリリーは山を下った。二人は下道に近づくにつれ、パトカーのサイレン音が大きくなっていくことに気が付く。

 リリーが崖の縁に立ち、下を覗く。すると多くの警察がこちらに入山してくる姿が見えた。

「なんだろうね?」

「Fuck!ジャパニーズ駐禁ヤ!」

 リリーが声を荒げる。しかしあの大所帯、どうやら駐禁ではなさそうだ。

 リリーは冷静を取り戻し、憶測ではあるが、おそらく病院から逃げ出したドラセナを探しに来たのではと考察する。

 ここでもし見つかってしまえば…。各所の立場を考慮し、リリーはひまわりとともに山に潜り警察から身を隠した。

 

 ほどなくして警官らが山を登ってきた。

 森林の陰で警察の動向を伺っていた二人の目線の先を警察と警察犬が通る。警察犬はもちろんすぐにドラセナの匂いがたっぷりついた二人の存在に気が付く。

 警察犬がこっちを向く。リリーが天を仰ぐ。しかしひまわりは冷静だった。

「大丈夫だよリリさん。あそこは通れないから!」

 リリーが首を傾げたその時、ガシャンという音とともに警察犬の足は紐で括られ、宙に浮き上がった。

「Oh」

「お猿さんたちはみんな頭がいいから」

 その後、警察や捜索隊たちは次々と猿たちの罠に捕らわれ、ものの三十分もしないうちに文字通り一網打尽となった。

 ひまわりと梅屋が捕らわれた時と同様にすぐに猿たちが彼らの元に駆け寄り、彼らを集落の処刑場へと連行しようとする。 

 

 ズキューン

 

 森の鳥たちが一斉に飛び立つ。

 一人の若い警官が、一匹の猿を拳銃で撃ち抜いた。

 猿たちは統率の取れた集落の猿から獣のそれに眼の色を変え、その若い警官に襲い掛かる。他の猿達もそれに続く。また手の自由の利く警察は、次々に猿達を発砲した。

 

「強いって、なんか弱いよね」 

 少し遠くではあった。しかし命の終わりを感じるには十分の距離だった。ひまわりはただ悲しい目で猿と人間の乱闘を見つめていた。

 リリーがひまわりの頭を撫でる。おそらく世界で唯一、猿と警察の仲介が可能なのはこのひまわりのみだ。

 ひまわりがリリーの掌からそれを察し、乱闘の元へと歩もうとしたその時、銃声が一斉に止まった。

 警察と猿たちはみな一点を見つめている。その目線の先。西日を後光とし、岩の上に立つドラセナの姿。

 

「…」

 

 警察の拳銃。よく見てみればドラセナの蔦により無力化されている。猿達も同様に。ドラセナは一瞬にしてこの場を支配したのだ。物理的、また非物理的に。

「兄さん…!」

 縄で括られたドラセナによく似た青年。彼の姿を見て言った。ドラセナもまた、彼の顔をじと見た。

 張り詰める空気。山の中腹。例えドラセナの蔦が無くともその場にいた猿達や警察らは二人の時間を妨げることができなかっただろう。

 棗は苔石家の長男であり、御曹司としてた両親に大切に育てられた。一流の学校に通い、一流の友人らと過ごしてきた。しかし先日、自分に双子の兄がいることを知らされた。

 両親は警察に連れていかれ、彼の人生はまさにこれから劇的に転げ落ちようとしている。しかしそれを彼はチャンスと捉えていた。

 不自由ない『苔石家の御曹司』という看板がハズレ、これからは『苔石棗という一人の人間』として世間で正当に評価されていくことに彼はむしろ希望を見出していた。

 そんなものは本当の絶望を知らない世間知らず御曹司の戯言でしかないのだが。

 彼の薄っぺらい覚悟を見透かすように、ドラセナは棗を鋭い眼光で見下し続ける。

 上述の通り誰にも介入でき得ない一発触発の睨み合い。棗が遂に均衡を破り口を開く。

「兄さん。一緒にやりなおそう」

 棗は。この兄が聾唖である事すら知らなかった。ドラセナが置かれた絶望的状況も何もかも。それでも彼は血の繋がりというそれだけを抵当に入れ、兄がこちらに帰って来てくれると心の底から信じていた。

 棗が繰り返しドラセナに問う。もちろん返事は帰って来ない。

 棗が三度目の問答を投げかけた時。大きな葉っぱで顔を隠し、目部と鼻部だけを刳り貫いた一人の女性が二人の間に入った。

「…あなたは?」

「彼は耳が聞こえません。何か彼に伝えたいことはありますか?」

 その女性も棗の質問を無視し、逆に棗に問うた。

「…両親の悪行を謝罪させてください」

 棗が状況に戸惑いながらも女性伝える。女性はドラセナの方を振り返り、奇妙な身振り手振りでそれをドラセナに伝えた。それが終わると、彼女は再び棗の方へ回れ右。

「伝えました。他には?」

「一緒に暮らそう!とお伝えください!」

 女性はまた振り返り、へんてこな身振り手振り、時には宙に絵を描いたりした。

 ドラセナが首を振る。棗も食い下がり、一緒に山を下り、もうすぐ終焉を迎える苔石家を二人でやり直そうと熱弁する。

「ウキウッキウキ」

 彼の熱弁に答えたのはサボテンだった。

「ウクキキウッキ?」

「ウククウキキコウッキウコウカッキウキ」

「ウッキ。…この人間は自分たちの家族だ。とこのお猿さんは言っています」

「猿語がわかるんですか…?」

「ウキウキウッキキウキウクキ」

「今日のことはもういいから、もう二度とここへ来ないと誓ってください。とこのお猿さんは言っています」

 サボテンが猿らに合図を送る。すると猿たちは、警察らに巻かれた縄を解きはじめた。 

 その際警官を威嚇する者もいたが、その者はすぐにリーダー格の猿に咎めらた。

 二名の警察官と一名の捜索隊、そして五匹の猿の命が今日ここに沈んだ。

 棗は苔石家の過ちにより各所に多大なる迷惑をかけた。人も死んだ。これが彼が最初に受ける『苔石棗』として正当な評価となる。

 

「最後にあなたのお名前を伺ってもいいですか」

 山を下る直前、棗は俯きながらも女性に尋ねた。

「ヒマ・ド・太陽三世です」

 答える気のないその女性の回答。棗の肩の力が少し抜けた。

 

 パトカーは山道を下り、開けたダム部を走り東京へ向かう。棗は背にした鞘師山を車内から振り返った。

 兄さんは聾唖だった。それだけの理由であの山に捨てられた。齢一歳で。

 棗は押し寄せる鞘師山の強大な迫力に思わず目を背けた。

 ドーン。棗が視線を前にやったその時。背後で何かの振動音が響いた。

 警官らが一斉に外に出る。奥に見えるはダムの管理棟。砂煙が上がっている。

 警官らは棗に許諾を得て、すぐに現場にパトカーを急行させた。

 

 ダムの淵。変わった様子はない。警官らが下車し管理棟へと歩む。しかし警官らのそれは二十歩も満たないところで急停止し、皆一斉に腰のホルスターに手をかける。

 棗はパトカー車内から彼らの目線の先を覗く。そこには、テレビで見た、三体の植物生命体。

 警察官らが植物体に向けて無条件に発砲を開始する。彼らはそれが植物体に効果を認めないことをもちろん知っていた。

 スパーン!

 間もなく、植物体は警察官三名を斬り裂いた。銃声よりも鋭い太刀音を吹かせ。

 棗はすぐに頭を伏せ、身を隠した。

 ザッザッザ。足音は遠い。大丈夫。気付いていない。

 

 ジャッキン!

 

「!?」

 鋭い鉄切音が彼の鼓膜を破る。彼を隠していたはずのパトカーの天井部は綺麗に滑り落ち、西日が彼の頭頂部を照らす。

 状況把握の為に天を仰ぐ棗。頭上には一体の植物体。再び彼の頭部から太陽光を遮った。

 植物体は棗の頭部を掴み、体を持ち上げる。棗は山で殉職した警官のホルスターからくすねた拳銃を植物体に発砲する。

 連射。彼はソレがカチャカチャと音を立てるだけのおもちゃと成り下がるまで発砲した。しかし。

 棗は全てを諦め、目を瞑った。

 暗黒の世界の中。彼が何かを考える、ということはなかった。何故なら彼の頭部を締め付ける植物体の握力は次第に弱まっていっていたからだ。

 恐る恐る目を開ける。

「!」

 植物体が逆に、蔦の様のもので首を絞められている。

 棗はすぐに手を振り解き、植物体から間合いを取る。百メートル程の逃走。のち振り返り、目の先で蔦を辿っていく。

 辿り着く先に何があるか、誰がいるのかなど小学一年生でもわかる。

 雄大な鞘師山を背負い雄々しく立つドラセナ。我が兄である。

 ドラセナは蔦を一斉に引き、植物体をを手繰り寄せる。宙に浮いた植物体に飛びつき、殴り、蹴り飛ばす。銃弾をもものともしない植物体が明らかにその攻撃にダメージを受けている。

「ア、アネモネ様!おそらくあいつは総帥の仰っていた開k

ベシャン!

 その言葉を最後に植物体の一体がドラセナによって身体を木端微塵に砕かれる。

「フフフ…!なんという幸運!ここであれを叩けば大手柄を総帥にお届けできるぞ!」

「しかし、総帥からはあくまで隠密にと!無理な戦闘は避けるべき」

「バカ言え!開花者だろうがたかが人間一匹!目の前に当たるとわかっている宝くじを買わぬバカがい

ドゴン!

「!?」

 一体何が起きたというのか。あの人間はまだ視界の端の端。少なく見積もっても二百メートルは先にいたはず。それなのになぜ、我々二体の体は豪烈に吹き飛ばされている。

 妖精の報告によれば開花者は二名。一名は『太陽』の能力、そしてももう一名は『自然壁愛』。こいつは間違いなく後者。

 しかしそのような能力で花陽隊の戦士を一撃でやれるほどの力が引き出せるものか。今の衝撃、おそらくベゴニアもすでに命を落とした。

 何かあるはず。まだ隠された能力が。アネモネは打ち付けられた地面から立ち上がり、ドラセナの観察を始める。爆撃。衝撃波。あるいは。

 アネモネはあらゆる攻撃に対応できるよう、彼の身長と同刀身の剣を構える。しかし。その時すでに。アネモネの体は再び吹っ飛ばされていた。

 速すぎる。考察を広げ過ぎた。こいつの攻撃は単純かつ明快だ。『ただとてつもなく俊敏』。ただそれだけだったのだ。あの瞬発力は人間でも植物でもない、獣の肉体により繰り出されるべきものだ。

 脳。筋肉。細胞。あいつを創り上げている全ての組織に獲物を狩るというイメージが刻み込まれている。例え敵が初見の相手でも、あいつは瞬時に急所を判別し確実に息の根を止めにくる。

 相手にしたのは人間ではなかった。腹を空かせた猛獣だった。

 アネモネが地面に接着するよりも速く、ドラセナは吹っ飛びゆくアネモネの身体に追いついた。

グシャ!!

 ドラセナは右手でアネモネの頭部を掴み、そのまま地面へと叩き付けそれを粉砕した。その間、わずかコンマ五秒。

 

 ドラセナは一か月間の眠りの中で何度も何度も繰り返し戦いのシュミュレーションを行ってきた。あの電撃を避けるには。あのパワーに対抗するには。彼は有り余る時間を脳内でのトレーニングに費やしてきた。

 彼はまさに戦いに飢えていた。こんなやつらは屁でもない。敵はあの電撃野郎のみ。

 

 戦いを終えたドラセナは一息つき、棗の方に横顔すら見せずに森へと帰っていく。

 棗はただ思い知らされた。人間は自然に抗えぬ。弟が兄に適わぬように。

 

 

「Fuck!」

 リリーのジープはしっかりと駐禁をとられていた。