第34章

第34章 

 

Ⅰ 12月15日

 

 月夜が照らす都内某公園。時計はすでに十二時を回り。

 ドラセナは冷え込む外気にも何のその、山のソレに比べれば街の冬はどうというものではない。

 山村を脅かす者はもういない。しかし彼の戦いはまだ終わっていない。あの雷。あれを倒さねば山へは帰れぬ。

 距離にして一キロメートル。まだ遠いが一体の植物がこちらに近づいて来ている。しかしあれは弱すぎる。雷ではない。

 植物がドラセナ住まう立派な木の下に辿り着く。

「    」

 その紅い植物は上を見上げ、ドラセナに何かを言っている。ドラセナがそれ無視せざるを得ないともしらずに。

やがて植物は担いできた大きな麻袋を木の根元にドさりと放り投げ、その場を去っていった。

 まんまとその中身が気になったドラセナは、地上に飛び降りその麻袋を開封した。

「!!」

 そこに入っていたのは、無残に切り刻まれた彼の実弟蔦雅だった。

 ドラセナはすぐに先ほどの紅い植物目掛けて噛みつくように闇に飛び込んだ。

「!」

 闇の先で彼を待っていたのは、全く同じ顔をした数十体の紅い植物だった。

 怒れるドラセナはそれらを瞬殺し、蔦雅の元へと戻った。

 ドラセナは見つけ得る限りの花を周辺で摘み、遺体の周りに飾り自分と似た顔のソレを弔った。

 今夜の寒さはいつもに比べ何だか身に染みた。

 

「…やはり強い。桁違いですね。挑んでいたら危なかったですよ」

 

Ⅱ 12月23日

 

「ただい」

 その後に続くはずの最後の一文字は、いつもならば開いているはずのドアノブによって発声を阻まれた。

 自分の家に自分が帰るのだからそれが閉まっているのは至極当然のことなのだが、牡丹には固いドアノブがもはや懐かしかった。

 玄関の電気をつけリビングに入る。こんな時間になっても帰ってきていない。冷めた炬燵を温め、ひまわりが本当に彼氏を作ってしまったのだと悟る。

 

 数十分後。牡丹はリリーと中級のイタリアンレストランで静かなディナーテーブルについていた。

「ヒマワリハ?」

「ヒマちゃんはデート」

「Oh!」

 リリーは日本人の想像する典型的なアメリカ人のリアクションで驚いた。

「でもね」

 牡丹は続けてひまわりのボーイフレンドが植物であることをリリーに告げた。

「Oh...」

 リリーが打倒植物派であることは牡丹も周知している。だからこそ牡丹は今のうちにリリーにこの事実を伝えておくべきだと考えたが、それを聞いた後、リリーがとても悲しそうな顔を創ったのを見て、牡丹は少し後悔した。

 梅屋先生は植物と人間の共存を望んでる。リンドウさんとリリさんはそれを拒んだ。そんで先生とリンドウさんは戦って先生がリンドウさんを殺した。ひまちゃんはもう戦うことはないだろうし、ドラくんは何を考えてるのかよくわからん。

 じゃあ自分は?自分は何をどうするべき?植物との停戦共闘協定が結ばれたとて、明確な道しるべが現れたわけでもない。みんな私を置いて先に進んでいく。

 だから今日。私はリリさんとご飯に来た。ひまちゃんの事を伝える、なんてのは建前。リリさん、いやもはや誰でもいいから。私を行くべき方へと導いてよ。

 

 

 柔らかいベッドの上。逞しいサンダーソニアの腕がひまわりを包み込む。

 サンダーソニアはひまわりにアルプローラの死様の美学を話す。

「…」

 ひまわりはすでに寝ている。まるで無防備に。サンダーソニはそれを知りながら語り続けた。

 この女は何かを考えて生きているのだろうか。寝顔はただただ無垢。しかしこれ以上に魅力的な造形は存在しない。言い切れる。

 全てがちっぽけだ。『恋』に比べたら。死に様などどうでもいい。今はこの女こそが我が存在の証明、サンダーソニアの意味である。

 

Ⅲ 12月24日

 

 翌朝、ひまわりはサンダーソニアの横で大きな乳房に下着をかぶせ、ニットの表裏を眠そうな目を垂らして確認した。

 サンダーソニアがしばらく朝日に掛かるそのシルエットを眺めていると、ひまわりはついにそれを諦め、サンダーソニアの懐へと寝ころんだ。

「ソニアさん」

「?」

「幸せだね」

 ひまわりは決して笑っていなかった。彼女はその事実をただ真剣に、心から噛みしめているように見えた。

 二者は吸い込まれるように一つになった。サンダーソニアの全てが蕩けて消えた。

 彼は彼女の体温から生を感じ、幸福の芽生えを実感した。死に場所を探していた彼は、ついにこの幸福に永遠を望んだ。

 特別冷え込んだ朝だったという。しかし、すぐ横の太陽はサンダーソニアにそれを全く感じさせなかった。

 

 寝床を発つ。外では強い朝日が街のイルミネーションを差す。人々はなんだか世話しない様子だ。

「今日はクリスマスイヴかー」

「クリスマスイヴ?」

「うん。クリスマスの前の日だよ!」

「クリスマスとは」

「クリスマスはね、恋人とかと過ごす日だよ!多分!」

「そうか。じゃあ明日は一緒に過ごそう。しかしなんで前日の今日がこんなに盛り上がるんだ」

「そうだね!わかんないね!あ、でもね今夜はサンタさんが来る日なんだよ!」

「誰だそれは」

「誰だろう!会った事ないからわかんない!」

「不審者か」

「いい子にしてるとプレゼントくれるんだよ!私はもう大人だから来ないけど!あとほんとはお父さんだよ!」

「ひまわりのお父さんは不審者なのか」

「あはは!違うけどちょっと不審者っぽいかも!」

 ひまわりとの会話は、情報量が極端に少ない。しかしどんな書籍よりも遥かに得るものが多い。

 

「ソニアさん。もう死にたいだなんて言っちゃだめだよ。あたしソニアさんがいなくなっちゃやだよ」

 

 彼女は太陽だ。彼女はほんの些細な幸せでも、それをプリズムのように乱反射させ、皆に幸せを分け与えている。

 では彼女が悲しみに暮れたらどうなるだろうか。きっとそれも同様に皆を日陰に沈め、世界はやがて闇に落ちるだろう。

 彼女を悲しませてはいけない。

「ああ。もう死ぬのを諦めた」

「うん!絶対その方がいいよ!」

「そうだな」

 サンダーソニアは胸を張った。眼前には青天の世界が広がっていた。

「ソニアさんしたらねー!」

「図書館行かないのか」

「うん!おうちですることあるのー!」

「そうか」

 ひまわりとサンダーソニアは駅で別れ、ひまわりは牡丹宅へ、サンダーソニアは図書館へとそれぞれ向かった。

 ひまわりが手を振っている。サンダーソニアは赤面してそこを早歩きで後にした。

 

 サンダーソニアは遂に中元さんからの問いに答えを導き出した。それをいち早く伝える為、彼は図書館に早い歩調で向かった。

 開館直後の図書館。自動ガラス戸が開きいつも通り司書らに会釈する。適当な小説を一冊取り出し、読むわけでなくただ中元さんの来館を待った。

 一時間、二時間、時計の短針がいくら回っても中元さんは姿を見せない。図書館内の頭数だけがいたずらに増えていく。

 今日は中元さんは来ない。それはサンダーソニアも早々に悟っていた。じゃあ明日伝えるか。いや明日はだめだ。明日は恋人と過ごす日だ。

 サンダーソニアが何かを思いつく。サンダーソニアは司書に尋ね、司書はそれを快く了承する。

 

 しばらくした後、サンダーソニアは昼前に図書館をあとにした。

 彼はもう、いつものように閉館時間まで書物を読み漁らなかった。何故か。それは非常に簡単なことだ。彼はもうすでに、この世の全てを手に入れてしまったのだから。

 どんなにぶ厚い書物でも、もう彼にとってはしょうもない事の羅列。何も得るもののないただの紙切れの集合物と成り下がった。

 サンダーソニアの満ち溢れた表情。司書らは彼の背中を笑顔で見送った。

 

 サンダーソニアはあてもなく、明日までの約十二時間をどう潰すか考えていた。

 街を歩けば未だに人間達は自分の姿を見て悲鳴をあげて逃げていく。数分後には警察が現れ…。

 しかしそんなこと。たった一人の人間にさえ認めてもらえればそれでいい。サンダーソニアは天にも昇りそうなくらいに軽やかな足取りで堂々と街を往った。

「…」

 サンダーソニアの足が急に止まる。人間のそれでない、もっと嫌な視線が見ている。

「…」

 茂みの奥に立っている。紅い植物が一体。

「サンダーソニア。あなたの強さを見込んで。こちらに来ませんか?」

「花陽隊か。すまんが招集は断る」

「いいえ。私は花陽隊ではありません。クラステル・アマリリス…と言えばお判りになられますか?」

「いいや。知らん」

「そうですか…。では薬師博士はご存じで?」

「知らん」

「謎の物体は?」

「知らん」

「呆れました。本当に無知のおバカさんなんですね。いいでしょう。では簡単にご説明致しまし

「いや、いい」

「とにかく。あなたの能力は残す価値がある。ですんで一緒に来て頂けますか」

「いや、いい」

「そうですか。残念です。では」

 紅い植物体が鞘から刀を抜く。よく見れば同じ姿をした植物体が数体、ヤツの後ろに。

「!」

 紅い植物体の群れが一斉にサンダーソニアに襲い掛かる。

 しかし次の瞬間にはもう、それらは黒焦げになりサンダーソニアの足元に転がっていた。

「体に触れることすら…。そうですか。お見事です。こうはしたくはありませんでしたが…仕方ないです」

 

 プス!

 

「!?」

 何かが太腿のウラに刺さった。何故気付かなかった。

 サンダーソニアはこの時、遅ばせながらにして自身の戦士としての感覚が衰えていたことを悟った。

 由縁はただひとつ。ひまわりとの甘い時間。強さが意味を持たぬあの空間が最強のこの身体を鈍らせた。

 太腿に刺さった注射器を抜き、ソレを踏みつぶす。

…何か。気色の悪い動悸が身体を巡る。気のせいか。

 視界が歪んでいく。やはり気のせいではない。あの紅いカスの能力か。

 サンダーソニアの思考が失せ征く。体が言うことを聞かない。サンダーソニアの意識は遂に暗黒に落ちた。

 

「ひまわり…!」

 

 サンダーソニアはすぐに目を開けた。太陽は先ほどから位置を変えていない。時はそれほど経っていないようだ。もう大丈夫。耐えた。単なる一時的な眩暈だったようだ。

 サンダーソニアは起き上がり、腰をあげ膝をついた。

「!?」

 膝がバランスをとれない。身体が地面に引き戻された。

 おかしい。何かがおかしい。やはり身体がうまく言うことを聞かない。

 そういえば前に本で見た。これは風邪だ。風邪は染ると書いてあった。ひまわりから伝染ったのだろう。あいつはよく自分の身体を脆弱にする。

 そういえばあの本には対処法も書いてあった。『最強だった』あの頃、そんなのは読み飛ばした。まさかそれに縋る日が来るとは。人生とはわからぬものだ。

 サンダーソニアは一転、不自由な身体に鞭を撃ちもう一度図書館に向かった。

 数分での帰館という事もあり、サンダーソニアは司書らに気持ち浅めの会釈をする。すると司書らは瞬時に顔を青褪まし、昼時の図書館は悲鳴で満ちた。

 なにがどうなってしまったのか。サンダーソニアは困惑した。

 ふと窓の外を見る。反射した窓ガラスに映った自分の姿。それはなんと、あの紅い植物そっくりになっているではないか。

 見れば見るほどに気色の悪い体を自分が動かしている。サンダーソニアは窓際に近づきその姿に凝視した。

 弱弱しい四肢、ドブよりも汚い眼。自身を見つめている。風邪などではない。あいつの能力だ。あいつに身体を変えられた。

 これ以上平和な図書館を損えぬ。サンダーソニアはすぐにその場から去った。誰よりもそこを愛していたが故に。

 まずは紅い植物を見つけなくては。しかしあれは殺したはずだ。どうすればいい。

 

「…」

 

 サンダーソニアは立ち止まり、ふと、我に返った。

 本当に身体を元に戻す必要があるだろうか。

 サンダーソニアとはサンダーソニアであり、つまり自分は自分だ。この身体ではもう電撃は出せぬが、電撃こそがサンダーソニアではない。

 自分の本質はそこではない。容姿や能力など関係ない。むしろ忌み嫌っていた最強とやっとおさらばできたと考えられる。

 そうか。これでよかったのか。

 サンダーソニアは笑った。なんて自分は幸福なんだ。何故なら自分にはたった一人。容姿がどんなに醜く変わろうとも、自分を自分と認めてくれ得る人がいるのだから。

 サンダーソニアは慣れぬ足で地面を蹴った。一直線に。ひまわりのいる方へ。

 

 サンダーソニアの視界に牡丹のマンションが入った。

「ひまわり」

 思わずその名を口に出してしまう。もうこの身体では有り余る幸福が溢れてしまったようだ。しかし。

「ひ…」

 一人の青年がサンダーソニアの行く手を阻んだ。

 日本の警察や軍隊ではない。何故俺にそのような殺意を向ける。オレはもうサンダーソニアではない。

 刹那、青年は目にも留まらぬ速さでサンダーソニアの首目掛けて飛びついた。咄嗟に防御したサンダーソニアの身体は簡単に吹っ飛ばされ、感じたことのない浮遊感の中で彼は何かを思い出した。

 この野性的な青年、会ったことがある。こちらに来た直後。雨の日。深夜。襲い掛かって来た非力な人間の青年。しかしあの時よりも何倍に強い。

 青年はすでに二の手をこちらに向けている。あの時と同じだ。こいつに聞く耳はない。これは避けれぬ戦い。

 数万分の一秒の世界。サンダーソニアの中に残存していた『最強』の勘が、青年の攻撃に一瞬の隙を見出す。

 ドゴン!

「!!」

 微力なサンダーソニアの殴打に全く怯まぬ青年。青年がサンダーソニアに追い打ちをかける。青年の連打にサンダーソニアの身体組織が破壊されていく。

 

「なめるなよ…」

 

 サンダーソニアが強く拳を握る。すると握った拳が帯電を始めた。

 

 ビギリリリギギギギリイイイィイ!

 

 サンダーソニアは雷を纏った拳をドラセナに打ち込んだ。

 シュウという音が流れ、横たわるドラセナから白煙が巻き上がる。

 サンダーソニアの右半身も同様に、自身の放電に耐え切れず黒く焼け爛れている。

 この身体でのこれ以上の電撃は命に係わる。もう起き上がるな。お前じゃ俺には勝てない。いい加減に悟ってくれ。頼む。起き上がらないでくれ。ひまわりに逢わせてくれ。

 しかし、青年は立ち上がる。

 次の一撃で殺すしかない。サンダーソニアが再び電撃をこめる。青年もこちらに飛び込んでくる。

 

 バッギバギィギィイイイイイイイ!

 

「…」

「…」

 サンダーソニアが口から白煙を吐き、白目を剥く。

 煙の中。無数の蔦を地面に張らし、電撃を地球に受け流している青年の姿。絶望か。初めての感覚だ。

 この青年、もといドラセナは、サンダーソニアの『容姿が変わった自分をサンダーソニアだと認めてくれるのはひまわり一人のみ』という考察の例外としてカウントされるだろうか。

 ドラセナには『もともとのサンダーソニア』を倒す理由がある。しかし同 時に彼は弟を殺した『現在のサンダーソニアが体を成す紅い植物体』に対しても十二分に抹殺する理由を持つ。

 彼は今、いったいどちらを狩るためにサンダーソニアの目の前に立ちはだかっているのだろうか。彼に聞いても答えは帰って来ないだろうし、彼自身もそんな論理的に動いていないだろう。

 この身が滅ぶのが先か、ヤツをぶちのめすのが先か。皮肉にも、これはサンダーソニアが長年追い求めた命を懸けた死闘である。

 

「ソニアさんってイチゴ食べれるのかな?共食いかな?」

「食べれるんじゃない?知らないけど。つーかもっと早く掻き混ぜれないの?永遠にクリーム出来ないよ」

「えー」

 

 薬師博士第四の技術『マニュピレーション』。それは遺伝子操作である。それを受けた生物は、遺伝子レベルでその存在を書き換えられてしまう。

 サンダーソニアの容姿編纂、そして梅屋、藤乃あるいはクラステルの複製は言わずもがなこの技術により生み出された産物である。

 そんなことを知る由もない二人の死闘。紅い植物もといクラステルがビルの屋上より観察する。

 魂と魂のぶつかり合い。先に気力が途切れた方が死ぬ。辺りはすでに人も寄り付かぬ焼け野原へと姿を変えた。

 ドラセナは雷を攻略したわけではなく、感電を最小限に抑えただけに過ぎない。通電のダメージは確実に彼の中に蓄積されている。

 しかしそれはサンダーソニアも同様だ。電撃を放つたびにこの貧弱な身体はどんどん破壊されていく。

 そしてその度に、彼の中でマニュピレーションに抗う眠れる『サンダーソニア』の遺伝子が呼び覚まされていく。

「…」

 サンダーソニアは体中に電撃の帯電を始めた。ついに彼の遺伝子が完全に思い出したのだ。自身が、最強のサンダーソニアであったことを。これが最後。最後の一撃。強烈な最強の一撃。プスプスと細胞が壊れていく音が鳴る。節々からは煙が上がる。

 次が最後の一撃。ドラセナもそれを悟っている。

 サンダーソニアの身体はやがて雷雲に包まれ、轟音と閃光により時空は歪み世界がひしゃげる。

 ドラセナは命いっぱい膝を曲げ、空高く飛び上がった。

 大地から無数の樹木を引き出し、それらはひとつの大木の如く折り重なりドラセナを包み込んだ。

 

「「オラアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」」

 

 サンダーソニアが放った電撃、それはまるで虎の如く。ドラセナを包み込んだの大木、それはまるで龍の如く。互いに敵に向かって一直線に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドッッッッッッッツツツツツツツゴオオオオオオオオン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その衝撃波は近辺の世界からあらゆる事象を消し去り、光と轟音は数秒後に遅れて轟いた。

「「オラアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」

 尚も空中で均衡する龍と虎。

 サンダーソニアは決死の咆哮をあげ電力をさらに供給する。サンダーソニアの立つ半径数百メートルはすでに先何十年と生物が住めぬほどに焼け爛れ、漆黒に陥没している。

 やがてサンダーソニアの身体が発火を始めた。この身体の限界。しかしまだ遺伝子は諦めていない。雷は無数に重なった大木の繊維を焼き払っていく。しかし、いくら焼き払ってもドラセナ本体に辿り着けない。

 バッギィイ!

 遂にドラセナの龍頭が二つに割れる。サンダーソニアがその隙間に勝機を睨む

 しかし二股に割れた龍頭はそれぞれがまた新たな龍頭として再生し、焼かれても焼かれてもそれらがまた分裂を繰り替す。そして遂にドラセナの龍頭は数百にも増した。

 

「「グオラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」

 

 ドラセナが数百の龍頭を一斉にドラセナに叩き落とす。サンダーソニアは放電をしつつ、迫りくるそれを最後は自らの拳で叩き割る。しかし。

 

 だめだ。焼ききれない。

 

ドゴドドゴドゴドゴゴゴドゴドッゴドゴドゴドゴゴゴゴドゴ!!

 

 ドラセナの龍がサンダーソニアの虎を押し潰す。

 これが。敗北。待ち望んでいたはずの瞬間。しかし今は。ただ悔しい。

 

「ソニアさん!」

 

 この気の抜けた声。なんと心地よいのだろう。サンダーソニアの魂が黄泉の世界から引き戻される。

「ソニアさん!どうしちゃったんだよお」

 声でわかる。彼女は悲しんでいる。悲しませたのは自分だ。

 ドサ

 羽織のような樹木が収束され、ドラセナが宙から地面に落下する。

 しかしひまわりは他のものには一切の眼も暮れず、変わり果てたサンダーソニアの元に跪き、彼の頭を膝の上に乗せた。

 ひまわりが『これ』をサンダーソニアだと認知できたことはもはや、二人にとっては当たり前のことだ。

「ひまわり。この死に様は、美しいか?」

「美しくなんかないよ。死んじゃうとか言わないでよ。死んじゃったら美しくも何ともないよ」

「ひまわり…これがきっとひまわりを守ってくれる」

 サンダーソニアは懐から自身の球根を取り出し、ひまわりに差し出した。

「いらないよお。ソニアさんが守ってよお」

「ありがとうひまわり。君は死ぬ意味ではなく、生きる意味を教えてくれた。しかし…オレはサンダーソニアだった。…ありがとう。メリークリスマス」

「やだよ。そんなのやだよ。ソニアさあん」

「さあ捕獲です!」

「!!」

 サンダーソニアの胸元で泣き崩れるひまわりの耳に、ビルの上から下品な笑い声が落ちてきた。ひまわりはぐちゃぐちゃの顔でそれを睨む。

 ビルの縁には紅い植物。その傍らにはグチャグチャに繋ぎ合わせた何か。それは主の指令に従い、サンダーソニアとドラセナの捕獲に動く。

「そこをどいてください。採取の邪魔ですよ」

「・・・・・」

「?何言ってるか全然聞こえませんよ?」

 ひまわりが何かぶつぶつと口を動かしているのはビルの屋上からでも見えた。しかしクラステルにはたったの一文字も聞き取れなかった。

 彼女とサンダーソニアの元に剣を抜いた『アレンジメント最高傑作』が歩みよる。しかしひまわりは依然ぶつぶつと口を動かしている。

「・・・・・・・」

「もういい!もういいから!そこをとっと

 

「てめーだけは絶対許さねえって言ってんだよこのゴミムシ野郎が!!!!」

 

「!?」

 ひまわりが左手に持っていたサンダーソニアの球根を一気に飲み込む。ひまわりはもはやひまわりが知るひまわりではなかった。

「ちょ調子に乗るなよ子娘が!とっとと殺してしまえ!」

 

!!

 

「!?」

 刹那、強烈な火球がひまわりの身体を覆い、彼女に刀を振りかざした『最高傑作』は一瞬にして灰となった。

「な、な!?」

 クラステルは腰を抜かしに尿を垂らした。アルストロメリアをも落とした『最高傑作』が!一撃で!いや一瞬で!

 クラステルは同様しながらもマニュピレーション注射器をピストルに装填し、その銃口をひまわりに向け発射した。しかし。

 ガシッ!!!!

「!?」

 ひまわりは発射されたそれを目にも留まらぬ速さで掴み取り、握りつぶした。

「あな、な!?」

 ひまわりが睨む。クラステルは思わず逃亡した。彼は死に物狂いで走り去った。何が四大個体だ。最強はあいつ!世界はあいつ一強!あれに勝てる生物など存在しない!

 ひまわりはそれを追わず、サンダーソニアの亡骸に再び泣きついた。

 

「ソニアさあん。なんでだよお」

 

 彼女の髪は自身を覆った火球により黒く焦げ落ち、肩まであった彼女の髪は、耳が見えるほどに短くなった。

 恋人の胸で泣き喚くひまわりの元に駆け寄ったのは、同じくボロボロのドラセナだった。

「ヒマーリ、ヒマーリ」

 ドラセナがひまわりの肩をさする。ドラセナが心配してくれているのを背で感じ、ひまわりはまた、その場に泣き崩れた。

 

Ⅳ 12月25日

 

 昨日の植物襲来を受けて、図書館には多くの警官が配置された。

 いつもの静寂な空間が失われたにも関わらず、中元さんは「これではソニアさんも来れませんね」と笑っていた。

 司書は館内から外に並ぶ警官らを眺める中元さんにあるものを渡した。

「これは」

「サンダーソニアさんからのお手紙です」

「まあ」

「全部おひとりで書かれたんですよ」

 中元さんは優しく便箋封筒を開き、手紙を一字一字丁寧に目を通した。誤字脱字はあれど、こんなに素敵な手紙をもらったのは覚えがなかった。

 手紙を読了した彼女はそっと便箋を封筒に戻し、いつものように小説の世界へと入っていった。

 ソニアさん。残念。それはね、恋ではなく。愛なんですよ。うふふ。まだまだ学ぶべきことはたくさんありますね。

 空に雲はなく。しかし太陽もない。何とも不思議な空模様だった。