2021-10-28から1日間の記事一覧

第9章

第9章 ① 6月14日 「It likes a Vietnam…」 リリーはいつぞやの東南アジア旅行を思い出した。 ここ二三日で東京の梅雨は本腰を入れはじめ、その雨粒は紫陽花を叩く。 謎の物体が最後に姿を現してからすでに一か月。東京の人間たちはすでにそれらの話題を…

第8章

第八章 ① 5月13日 大型連休明けの街は先日観測された謎の閃光の話で持ちきりだった。 UFO説。隕石説。毎分様々な説が誕生し、当事者の五人、いや六人は、それをどうはぐらかすかで一杯一杯だった。 『株式会社Florist Lindbergh』、どちらが苗字でどちら…

第7章

第七章 ① 5月1日 星空の下、初めて一堂に介した五人は見事な勝ち星を夜空に飾った。 今日も気を失い大荷物となったひまわりを牡丹に任せ、各人は意気揚々と床に就いた。 数時間後、最初に起床したのはリンドウ。ほとんど眠りに落ちていないが、なんとか体…

第6章

第6章 ① 4月30日 人と人とをつなぐ『間』には様々な関係性がある。親族、友人、仲間、同僚、敵、そして他人。人はそのような『間』を持ち、はじめて、いち生物から『人間』へと昇格する。 梅屋芍薬、リンドウアヤメ、桜田牡丹、菊江ひまわり、ドラセナ。…

第5章

第5章 ① 4月4日 始業式。梅屋は体育館の端に並び立てられた教職員の列の中にいた。 梅屋は事前に配布された案内の通り再び有田、成田らの騒がしい面々の担任となった。去年よりも少し大きくなった彼らの後ろ姿は感慨に浸たるに値する。 そんな梅屋の隣で…

第4章

第4章 ① 3月26日 「えっと…これは何?」 「肉じゃが!」 ひまわりが肉じゃがと呼ぶ何かは、牡丹の1LDKに異臭を充満させた。さていかにも不穏なこの二人。出会いは今からおよそ二十時間ほど前に遡る。 郊外の公園内の林に新たな物体が出現した。各々は何…

第3章

第三章 ① 3月11日 卒業式が今まさに執り行われようとしている。ストーブのガスの匂いが漂う体育館。垂れ下がる紅白幕が卒業生たちの頬を桜色に染める。 訳もなく涙する生徒、新しい舞台に心を躍らせる生徒、また反対に兜の緒を締めなおす生徒、そして何や…

第2章

第2章 ② 3月8日 夜 『眠らない街東京』とはよく言ったもので、太陽が西へと沈みはじめる頃、東京の街は無数のネオンによって再び太陽が昇る。 五月蠅い虫が深夜のコンビニの蛍光灯に集まってくるように、この街にも灯りを求めて日本中から『ムシ』がやっ…

第1章

第1章 ① 3月3日 晩冬の晴天は人々を心地よく包み込んだ。 いくつもの時代を通り過ぎ、進化を繰り返し続けたこの街だが、今年も相変わらず紅色の梅花を細い枝先に咲かせた。 今日の東京を歩く人々の肌の色は実に種に富んでいるが、彼らがこの街に溶け込ん…